続き。
ちょっとはそれっぽい戦争を書く予定だったのに所詮私は無双脳のおんなみたいです、ハイ。
とりあえず陳平 がんばる!
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ちょっとはそれっぽい戦争を書く予定だったのに所詮私は無双脳のおんなみたいです、ハイ。
とりあえず陳平 がんばる!
笑う姫君 14
***
まだ冬も始めと侮っていたが、こう冷たい風の吹き荒れる平原に何日も身を置いていると段々と体に疲労が溜まりゆくのが分かる。
昨日から喉が渇いて仕方がない。篭城に節水が必要なのは認めましょう、でもその制約を受けるのは兵士達のみにしてはいかがでしょうか?我々文官はこうやって篭っている最中も大声を上げながら走り回らなければならない生き物なんだから。
「おい陳平!」
しんと静かな冬の城内に響いた張りのある声に足を止めれば、がしゃがしゃと鎧を鳴らしながらこちらへ劉邦殿が向かってくる。引き連れている共は少ない。
この人も篭城中にじっとしてられないたちの人だから、先の戦の最中も暇となれば城中をこうやって歩き回るのが常だった。
(もっとも、私は打開策を編みつつの精神統一法がこの放浪癖なわけですが…殿の場合は本当に暇潰しですから、会う人会う人にチャチャ入れてくだけなんですよねェ…)
そんな劉邦殿に何があったのか、いつだか逆鱗に触れられたレキ生は余りの怒りにその老体が耐え切れず熱を出して倒れてしまったり、樊檜殿の鼻にふざけて棗を詰め込んでいったら呼吸が出来なくなってしまって大騒ぎになったり、邸宅の中に引き篭ってしまった張良殿(これが私とは対称的な彼なりの精神統一法らしい)を家から出させようと門前で騒がしい宴を開いて韓信殿に軍中の風紀を乱したとして殿も含めた数百人の兵が処刑されそうになったり―
「なんじゃ、ニヤニヤして」
「元からこーゆー顔なんですよ」
思い出して込み上げてきた笑いを我慢しつつ、おどけて返答すれば小気味よい笑い声を上げられた。その度に大きな掌で相手の背を叩かれるのはこの方の癖で相当痛いのだが、何故か一度も不快に思ったことは無かった。
この人の悪戯好きな子供そのままの行動は生真面目な部下達にとっては調子を崩されるばかりだろうが、この明るさが何度私たちの軍を救ってきただろうか。項羽の率いる大軍勢に囲まれ怯えて幾夜も夜を過ごす中、引き起こされる馬鹿みたいな騒動の度に私や兵士達の強張った緊張は良い具合に緩和されたものだった。漢の軍に身を投じたばかりの頃はこの采配を劉邦殿が故意に演じているのだと思い感服したものだったが、一月も絶たない内にあれが素なのだと知った。
「英布の奴めが昨夜急に布陣を変えたと聞いてな、曹参の奴をからかいに行くついでに見ておこうと思ったんじゃが、お前もか?」
「殿とは優先順位が逆なんですが…まあ、そうです」
英布の反乱軍の勢いは予想以上だった。
粛正されゆく功臣達の燃え尽きる前の蝋燭にも似た最後の抵抗は激しく、陸賈殿の軍を突破して想定以上の早さで殿の率いる軍と衝突。正面からやり合っても悪戯に兵を消費するだけと判断した我々は近場の城に篭城を決め込んでいた。
別動隊として放ってある樊檜殿の軍に英布の軍の補給線を切ってしまうように指示してある。その影響は朝と夕に上がる包囲軍の釜の煙が細ってきていることから見て取れた。我々の兵糧はまだ十分、今まで行ってきたギリギリの篭城と比べれば気の楽なものだ。
「くそっ…あ奴め、項羽との戦の時にどうしてあれだけの力を出さなんだ…」
城壁の階段を上る。私の先を往かれる陛下は鎧を重そうに鳴らしつつ、その足鳥は随分とゆっくりで歩調を合わせながらかなりのもどかしさを感じさせられた。
彼の竜顔を際立てていた鎧が今では彼の衰えを我々に見せ付ける。戦の中にある多少の興奮状態からなのかいつもより表情は明るいが、出立するまでの逡巡を思うと彼が今もかなりの精神的負担を感じているのは間違い無かった。
「どうされました、陛下?」
城壁の上で焼き固められた煉瓦を積んだ土垣に肘を掛けたまま動かなくなってしまった劉邦殿に声を掛ける。包囲は遠巻き、どんな弩でもここまで弓が届くわけがないから安全なはず。
宮中であれば礼を失する行為だがここは仮にも戦場、誰も咎めはしまいと劉邦殿の横に身を乗り出して城外の様子を瞳に映し―
「あれは…」
整然と並ぶ反乱軍。中央に重歩兵を、後曲に翼を拡げるかのように配置された騎馬兵団。私も劉邦殿もその布陣は見知ったものだ。
「…英布も、趣味が悪い…」
そう、攻めるに長けたこの布陣。私が楚軍に籍を置いていた頃に何度組み込まれその一部として戦っただろうか。
あの項羽が最も得意としていた陣容がそのまま、私達の目の前に広がっていた。
「―貴、様ッ…どの面下げて出てきおったッ!!」
「!」
雄叫びにも似た劉邦殿の凄まじい怒声に目を凝らせば遠巻きに拡がる陣から一つ、はぐれた点のように一騎こちらに近付く影が認められた。
いつも心のどこかに燻っていた恐怖という過去の亡霊が形を為して劉邦殿の前にある。怒りの表情の下に恐慌の色がはっきりと見えた。直感と同時に背筋を這い上がった嫌な予感に声を掛けようとしたが、またの怒声できれいに掻き消される。
「何が不満でこのような暴挙に及んだかッ!答えんか英布ッ!」
やっと表情の垣間見える辺りでその騎馬は止まった。無造作に結い上げられた赤毛に叛意を表す黄色の袍、そして額の入れ墨を不敵に歪ませて英布は叫んだ訳でもないのに我々にも聞こえる通った声でこう言ったのだ。
「帝たらんと欲せしのみよ」
「っこ…の!」
ガリと劉邦殿が土垣に爪を立てた。まるで度を失ってしまった顔色、駄目だこれでは英布の思う壷に―
「っ陛…」
「騎馬兵は全軍北門に備えい!打って出るぞ!」
カツカツと大きな靴音を立てて石段を下る。快晴に映える黄色の袍に高らかな号令。見上げる兵達の顔に浮かんだ緊張を含んだ喜色に、劉邦殿の怒りが彼らにも昂ぶりとなって伝播したのだと思った。
「へ、陛下!駄目ですってば!英布の見え透いた挑発じゃないですか…!」
「うるさいッ!奴の不遜に目をつぶっておるようではわしももう終わりじゃろうがッ!」
そう言う瞳には確かに憤りが息巻いているが、だが深い所に蔓延っているのはやはりただの恐怖。
『帝たらんと欲せしのみ』―ただ皇帝になりたいと思っただけだと。僭越極まる宣言に、凶暴性を含んだ素朴な物言いは知っている者ならば項羽を思い浮かべずにはいられない。気付いたら握り締めていた拳が汗で湿っている。私だって感じているのだ―恐怖、まして今の劉邦殿では。
「早くせんか!開門じゃ!」
段々と熱気が高まる、響く鬨声。ああ駄目だもう間に合わない!城の中の漢軍はただただ感情に流されて突撃するだろう。
「―ッ狼煙を上げろ!樊檜将軍にも打って出るよう報せを!」
城壁に据えられた狼煙台に気付いて、出来る限りの大声を張り上げた。
「っえ…」
「早く!急げッ!」
呆気に取られている少年兵を怒鳴り付けて脇に積まれている薪を無理矢理握らせた。ぐっと唇を結んで少年が作業に移り出したのを見つつ場外に目を向けた。颯爽と自軍に舞い戻った英布は各軍団の前を駿馬で走り抜け号令を掛けていた。やはり計算された挑発、後曲を薄く広げ中央に兵を集めてゆく。迎撃に強い構え、こんな所に飛び出しては陛下を含め一人残らず取り殺される。
「陳平様…!」
「分かっておる!!」
城壁の下から危機を察した文官達が叫ぶ。こうなっては我々の説く言葉に静かに耳を貸す者はいまい。
「あ、上げますッ!」
特殊な薬玉を筒に押し込み火を付けた。太陽に勝る瞳を焼く閃光を発し、白い煙を濛々と上げて高く高く昇る。中天にて再び光を発しながら弾けた。
「開門ー!」
狼煙が打ち上がったのと騎馬兵団が北門から踊り出たのはほぼ同時だった。
先鋒、その後続、そして第三隊―
「っ嘘で、しょ…!」
最後尾どころか十分前線と呼べるその三番目の軍中に劉邦殿の姿を認めた。それに馬車ではなく騎馬に乗っている。もう何ヶ月も全力で走る馬になんて乗ってないだろうに!
「…私も出る!百騎でいい、付いて来てくれ」
無くても殆ど大差もなさそうな革の胴当てだけを付けて馬に跨がり門を潜った。
混戦に、出てきたはいいが戦闘に参加できず余ってしまっている騎馬の間を左右に広がって守りの構えを取るよう指示しながら、それらを押し分け衝突点へ向かう。
風下―ぷんと血の臭いが鼻をついたのに嫌な汗が流れる。無事でいてくれるか?樊檜殿が到着するまでもってくれるか?
「!」
幾重にも重なった重鎧兵に囲まれて檄を飛ばす人、その人が纏うのは黄袍だ。ほっとしたと同時に怒りに任せて今までの私の苦労を水泡に帰そうとするこの人に腹が立った。怒鳴らなければ戦場で声は通るまい、そう思って息を深く吸い込んだ時だった。
突如、その横合いから屈強な黒馬の一団が突撃しその場一帯が乱戦となった。劉邦殿が少し先を視界に写して何事か叫んでいる。視線を巡らせれば黒馬の一群の中、一騎だけ銀馬に乗る騎影。
「英、布…!」
駆け出しながら、漏れた私の声は掠れていただろう。何しろ、奴は争う多くの騎馬に囲まれて身動き取れなくなっている劉邦殿にキリキリと弓を引き絞っていたからだ。
高い、琴の音に似た弦の音と共に目を見開いたままの劉邦殿の右肩にその矢は深々と突き刺さった。開いた口が何か言いたげにわなないたがぐらりと力を失った身体が馬上で倒れ―
「―劉邦殿っ!」
英布の笑み、見開かれ表情の宿さない彼の瞳、駆け寄ろうと虚しく叫ぶ自分の声を感じた。敵味方、劉邦殿が地面に叩き付けられようとするその一瞬動きを止めたその時、私の他に動いている影が一つだけあった。
「!!」
一匹の騎馬が高く跳躍してその場に踊り出、そこから雄叫びを上げながら勢い良く飛び降りた男が劉邦殿と地面の間に滑り込むように割り入って落下する体を受け止めたのだ。
「っぐ…間に合った…とは言えぬな」
「樊檜殿…!」
劉邦殿を抱えて身を起こした巨体は正しく陛下の護衛隊長でもある樊檜殿だった。彼の後ろ、土煙を上げながら現れた一団は山中に潜んでいた別部隊。よろよろと立ち上がった樊檜殿に我に返った敵兵の一人が剣を振り上げる。
「がっ?!」
その喉元に一筋の矢が突き立った。
「斉射用意!味方には決して当てるな、放てェ!」
我々の頭上を跨いで雨の如く矢が跳びゆく。的確に敵兵のみを打ち抜いてゆくこの斉射は―
「曹参殿…!」
「遅くなりました!」
小柄ながら引き締まった身体を鎧に包み、白馬を駆る彼の姿に私は安堵を覚えた。馬上でしゃんと双剣を抜き放ち、我々と英布の間に立ち塞がる。
「韓信の遺した戦車がやっと使い物になりそうでね、城から出させた所だ、英布!あの兵器と正面からぶつかりたいか?」
「おうよ、それにてめェの兵糧線は全部俺の軍が潰しちまったぜ?」
奇しくも漢の重鎮達が戦場のど真ん中に会していた。異様な光景に兵の誰もが我々に手出しすることなく殺し合う。英布が奥歯を噛み締めているのが分かる。この勢いを殺さなければ勝てる―だか。
「曹参殿…」
「言わんとしていることは存じてます、お任せを。これでもあの韓信の副官だったんです、軍師の真似事ぐらいはしてみせましょう」
それだけ言うと彼は敵陣に向き直り、右手を掲げて大声を上げた。
「尖翼の構えだ!歩兵は数人が一組となって突撃せよ!」
声に反応して蛇のように兵卒達が動き、無駄なく展開してゆく。そして曹参殿の号令とともに重攻―戦神・韓信の鍛えた最強の軍が未だ機能しているのを目の当たりにして私はただ純粋に驚いた。
「退路は俺が開く、陛下を頼むぞ」
樊檜殿が逞しい腕で劉邦殿を抱え上げて私の前に座らせた。そう、一刻も早く劉邦殿をここから連れ出さなければならない。一人では座っていられぬ身体を支えようと腹に手を回したら垂れた血に指が滑った。うめき声と浅い呼吸、歪む額に浮かんでいる脂汗―ぞっと背筋に嫌なものが走る。
「行けっ!」
背に負った戦斧を振り回し、立ち塞がる三騎を薙ぎ倒した。更に突き進む樊檜殿に怯んで退路を塞ぐ騎兵が二つに割れる。
「急がんかッ!」
「う、わっ!」
樊檜殿が私の馬の尻を厚い掌で思い切り叩いた。堪らず高い声で馬は嘶き、凄まじい速さで走り出す。連れて来た百騎が行く手を塞がんとする者を屠っては道を開いていった。
私の前で揺れる、劉邦殿の身体が馬から滑り落ちそうになるのを何度も立て直す。顔は見えないが洩れる呻きに混ざる切れ切れとした悲痛な声―意識は失っているはずなのに何度も何度も、駄々を捏ねる子供のようにそう洩らす。
死にたくない、怖い、怖いこわい!
分かっている。彼は英雄なんかじゃない。だから私や彼等はこの人に自分の事を捧げたいと思えたのだから。
怖い、私だって。このままこの人を失うとしたらこれほど怖ろしいと思えることなんてない!
手綱を握る拳が、ガタガタと揺れる。
私が息を切らし帽子を取り落とした事も気にならなくなった頃、ようやく城門に辿り着き桟橋を走り抜けた。
城門を潜って中に走り入った所で限界を超えた馬が崩れ落ちた。陛下を庇おうと必死に受け身を取った私を駆け付けた医務官達が助け起こす。
「わ、私はいいから!陛下を…!」
すぐにも輿が運び込まれて慎重に寝かされ運ばれてゆく。馬から落ちた時に痛めたらしい肩に顔を顰めながら呼吸を整えようと地べたに座り込んだまま手を貸そうとする侍医達を制していると、劉邦殿の乗る輿に小さな影が駆け寄ったのが見えた。
「陛下…陛下ぁ!」
戦場に似つかわしくない高い声―戚夫人は悲鳴じみた声を上げて輿に縋り付こうとする。それを侍女らに押さえ付けられて諦め、その場に崩れ落ちた。高くか細い泣き声は嘘偽りのない本物であるのは明らか。
(…まあ、それが悲しみのものか恐れのものかは存じ上げませんが)
投げ出されたままの自分の掌を見た。懸命に陛下を支えていたそこは血に塗れて醜い朱色に染まっている。
(…まだ、亡くなりはしないだろう。でももう…)
場外で大きな声が上がった。
少し遅れて見張り台に上っていた者達も歓声を上げ始める。何事かと顔を上げれば先程狼煙を上げさせた少年兵が私の姿を認め、階段を転がるように駆け降りて私の元へと走ってくる。その顔に浮かぶのは満面の笑み。
「引いて行きます!陳平様、英布の軍が後ろから崩れるように退却を始めました!」
「そう、か…」
これで下せなければこちらに勝機は無くなっていた。樊檜殿や曹参殿の軍を全て動員してでも絶対に退いてもらわなければならないと推論していた私には、当たり前の報告ではあったが。
「…では、軍医長に、負傷者の回収を急がせるよう指令、を…」
「陳平様…?!」
しかしそれを聞いて安心したのか、はっきりしていたはずの視界が急にぼやけ―私はそのまま意識を失った。
***
エセ戦。色々嘘つきで申し訳が立たな…!
あと3、4回使えば終われるかしら…?
陳平って最初はオネェ系のイメージだったんですけど(笑)そのまま横山読んだり史記の関連本読んでるうちになんだかホストになりまし た(中和中和)
模試、世界史に大差付けて現代社会のほうが優秀なワタシて!\(^O^)/
落ち込むほどの高得点…現社つーよりあれは常識力テストだったわ…これはニコニコ政治部とよしりんのお陰(苦笑)
福田しゃんは某リストランテ漫画系のおじい様ですよ ね。紳士、老眼鏡紳士(笑)今横で記者会見の中継やってるわー…
…世界史がなぁ……英語も。
現国は漢文が愛しの晏子だったから幸せー小走り小走り!
続き!
終わりが見えてきたけど、まだ何本か分岐があって悩んでる脳内サウンドノベル状態(それどんな見切り発車?)
テンソン上げようとC/o/c/c/oと鬼/束ち/ひ/ろと新/居/昭/乃(白太の琴線直撃の敬愛する中二病シンガーソングライター三傑)をガンガンのフルリピートで打っとりますー。
落ち込むほどの高得点…現社つーよりあれは常識力テストだったわ…これはニコニコ政治部とよしりんのお陰(苦笑)
福田しゃんは某リストランテ漫画系のおじい様ですよ ね。紳士、老眼鏡紳士(笑)今横で記者会見の中継やってるわー…
…世界史がなぁ……英語も。
現国は漢文が愛しの晏子だったから幸せー小走り小走り!
続き!
終わりが見えてきたけど、まだ何本か分岐があって悩んでる脳内サウンドノベル状態(それどんな見切り発車?)
テンソン上げようとC/o/c/c/oと鬼/束ち/ひ/ろと新/居/昭/乃(白太の琴線直撃の敬愛する中二病シンガーソングライター三傑)をガンガンのフルリピートで打っとりますー。
笑う姫君 13
***
名を呼ばれて叩頭の姿勢から頭を上げ、始めて近くで視界に写したその容貌に私は息を呑んだ。私の頭の中にいる彼と、目の前にいる彼にはどこかぶれるような違和感。
「…お久しぶりでございます。ご機嫌麗しゅう、陛下」
「ふん、そこらじゅうで反乱起こされてる皇帝の機嫌が麗しいわけないじゃろうが」
尊大さの中に独特の愛嬌を含んだ声と返答に、懐かしさと彼との間に開いてしまった距離をまだ取り返しようがあるのではないかという安堵を感じた。
だが、以前と比べると立派だった体躯は小さく萎んで憔悴し―“老人”という形容が似合うようになっていたことは私をひどく虚しくさせた。
「で、何年も引き篭っておったお前が何の用があって出てきたのだ?」
「陛下のお力にならんが為に」
「…どーせ、お前もわしの機嫌窺いが本当の目的じゃろうがな」
また、最初に感じた違和感が陛下の顔に陰った。なあ、と横に控える戚夫人の肩を抱き寄せ「誰も彼も、お前以外はてんで信用できんなぁ」と囁く。
ぶれる例の違和感の正体と陛下の顔が重なった。今の陛下は―あの始皇帝と同じものを纏っているのだ。以前一度だけ見たあの男は他の誰も持ちえない威厳を纏いながらその瞳には物憂げな光が膜を張っていた。
今まで陛下はこのように退廃的な表情など一度も浮かべたことなどなかったのに。神に等しい権力を手に入れてしまった者が辿るのは同じ末路ということか。
いいや、一つだけ違う事がある。始皇帝は己以外を誰も信じることをしなかった、だから秦という帝国はあの男の生きている間は燦々と威光を放ち続けることが出来たのだ。それに引き換え陛下は例外的に戚夫人にだけは心を許している。これでは臣下達に疑念や不満しか抱かせない。
かの女人は長い睫毛に濡れた瞳を隠し、真珠のように白い指を陛下の腕に絡ませ、誰に呉れるともない笑みを柘榴のように朱く熟れた小さな口唇に浮かべている。そのさまに、私は身震いがした。
「最近はあの女が暇があればわしに侃々と喚くから、おちおち休んでもいられんのだ」
「…では、私も陛下の安眠を妨げる者の一人になってしまいますな?」
は?と一瞬呆けた顔をされた後、私の言わんとすることを理解してか憮然とした表情を成して玉座に深く座り直す。
「英布の奴めの討伐には盈を行かせるぞ。もうわしの決めたことじゃからな」
誰に何度言われても変える気など無いということを、強く付け足さる。
「わしの跡を継ぐ者がこんな反乱の一つや二つ潰せなくてどうする?わしは盈の為を思ってその力を試す場を与えてやると言っておるのに、呂雉は無理だ危険だ止めさせろとわしに縋り付いては喚いて聞かん。
あやつがああやって必要以上に庇いよるから…あれは女の腐ったような儒子になってしまったんじゃ」
「…劉盈様の為だけではなく、陛下の為に呂后は進言されたのだと私は思いますが」
私の言葉に不快げに眉をしかめられたが、反論はなさらない。まだこの人は人の諌言に耳を貸すことが出来るのだと信じ、私はつぶさに現状をこの方に説明することにした。
「英布の軍は打ち込まれた楔のごとく、この都に進んでおります。到達するに猶予は数ヶ月では余ります、数週間です」
「知っておる」
「対してこちらには彼を確実に討つことが出来ると断言出来る者はもはや既にございません」
「樊檜や曹参がまだおる」
「陛下、臣は皆あなたの御威光のもとであれば親征することを厭いませんのですよ。それを―」
「わしはもう戦なんぞ御免じゃ!」
怒鳴り声に夫人が肩を強張らせ小さくなった。私も国家の大事に訳の分からないことを言うこの人に呆れ、昔のように言い返してしまう。
「何をそんな我が儘を…」
「煩い!わしは疲れた、もう嫌じゃ!これ位の事で崩れてしまうような脆い国なぞわしはいらん!」
「国とは主の細やかな采配あってこそ栄えるのです。それを陛下がそのようでは…」
「黙れ!」
上座から立ち上がった陛下は、脇の卓に置かれていた杯を私に向かって投げ付けた。高い音を立てて目の前の床で砕けた夜光杯。
「今頃出て来て口を出すな!魯綰も韓信も英布も、皆わしを裏切った!お前もどうせそうじゃろう?
そうじゃ、お前は賢いものな、老いぼれたわしをそんなに早く殺したいか?一体何を企んでおる?」
「そんな…」
このような彼を私は知らない。どんなに人を罵倒しようと、その中に必ず情を忍ばせていたあの人はどこに消えてしまったのか。
この人は―もはや、劉邦殿ではない。
「ねぇ…陛下」
不意に、私の鼓膜を鈴のように愛らしい声が打った。
「陛下…私と、如意はどうなりますの?」
「戚…」
「陛下の心痛は私も痛いほどに理解しております…でも、陛下のご活躍が望めないと言うことは恐ろしい賊がこの都に押し寄せるのでしょう?」
怖い、と小さく口に乗せ陛下の腕に縋り付いた。
「ですが、それが、陛下の御意思でしたら…戚はそれに殉じますわ」
上目に陛下の顔を見つめ、瞳から一筋の涙を流すその姿は完成された一枚の絵のようで、気付かぬうちに私はその様子に見とれていた。おお、おお、と絞り出すように陛下は声を上げて両手で夫人の肩を抱く。
「そうか…怖い思いをさせてしまったな。ええい、今のは嘘だ。あやつが余りにも調子のいいことを言うから脅かしてやっただけじゃ」
だから泣くなと震える小さな背をさすり、お前を怯えさせる憎い賊めはわしが手ずからに討ってやろうと囁く。
「ま、真ですか…?」
信じられない豹変ぶりに私が声を上げればこちらを一瞥してああ、と短い返答。
「本当の所、盈では無理だろうとわしも思っておったのだ」
「陛下、私もお供致します。精一杯陛下のお世話をさせて頂きますわ」
「そうか、お主がおればわしに怖いものなどないぞ。そうじゃ英布を打ち倒した暁には如意を正式に太子に変えてやろう。万事が上手くゆけば戦の帰途にわしの故郷を通る。大きな宴を開く、その場でだ」
「嬉しい…!ああ陛下、お慕いしております…」
「お…お待ち下さい!」
目の前で目まぐるしく展開する茶番を無理矢理に制止する。これでは折角、盈皇子を戦地に送らせずに済んだというのに太子を変えることとなっては本も子もないではないか。
「陛下、一体盈皇子のどこが跡取りとして不足なのでございますか?博識でお優しく、臣の誰もが慕っておりますのに」
戚夫人が陛下に掛けた指に力を込めたのが分かった。陛下も私を怒鳴り付けようと口を大きく開きかけたが―不意にそれを飲み込んだ。
「…あれは…僵屍(きょうし)だ」
「は…?」
目を細め、少し俯きながら随分と間を開けて吐き出すようにゆっくりと、そう言い放つ。
「あれは、一度わしの手で殺したんじゃ。どうして死んだ息子を愛せるか?」
「陛下…」
彭城で、皇子を輿から突き落としたことを言われているのか。私にその極限状態に於ける陛下の心境を想像するのは困難なことであったが、この手にかけたつもりの自分の子が再び目の前に現れたとしたら―その仮定であれば、理解が及ぶ。
その顔を、瞳を覗くことすら業火に身を焼くような苦しみを伴うだろう。
「―っそんなにあの儒子が良いのなら子房、お前を太子少傅にしてやろう!どーせそのひょろひょろの呈では従軍する気もないじゃろうが」
「太子少傅、ですか?」
突然下った勅にぎくしゃくとした返答で答えた。
平たく言えば太子の教育係である少傅を今正に廃さんとしている太子に新しく付けようという陛下の随分と矛盾した命令に戸惑った。
「気負うな、わしが英布めを討つまでの間、都の留守を任せるにあやつだけでは頼りないからな、その間の目付け役だとでも思ってくれれば良い。
それさえ済めば太子は如意じゃから、お前もお役御免じゃ」
「しかし―」
「何度も言わせるな」
軍は勝手に編めと陳平らに伝えておけ、と私に命じ陛下は席を立たれた。
戚、と陛下に呼ばれて夫人ヒクリと顔を上げた。劉盈様物思いにでも耽っていたのか、慌てて陛下の背を追う横顔には私も知る彼女の面影を認められた。
あの妖艶な姿は全て彼女が偽り作り上げているものなのだと思うと、有り触れた形容ながら“傾国”としか言いようのない。
しかし、どこか腑に落ちないように思う。そうまでして如意皇子を太子にせんとしている彼女が劉盈様を戦場へ駆り出すのを妨げることになる進言を彼女がしたのは何故だろうか。劉盈様が敗走しようとも、その後に陛下が当たれば危機を防ぐことが可能であるのを分かっていて陛下はあのような無茶を言っていたはずだ。結果的には彼女の望みに一つ近付いたわけだが、黙っていれば手間を弄することなく如意皇子を太子とすることが出来たのに、だ。
(本当に、このままでは賊が攻め寄せてくると思った…?いいや、それほど愚かな娘にあんな演技がこなせるわけない)
「どうでした?」
出口からすぐの大回廊には陳平が立って待っていた。その脇に僻彊も控えているのを見て私は少しばかり声を荒げる。
「どうしてわざわざこんな所に連れて来るんです?」
僻彊に対して随分と神経質になっている自分に驚いたが、今はどうでもいい。呂家の者達の闊歩するこの宮中に追われる身のこの子を何故伴っているのかをこの男に問い詰めなければ気が済まない。
「怒らないで下さいよー怒り方、静かな分だけ怖いんですから。大丈夫です、ちゃんと理由あってのことで…ほら」
「?」
全然怯えた風もないのに両手をひらひらと掲げるこの男に呆れながらも、顎で示された先を咄嗟に見る。向こうからこちらへ歩み寄る人影、誰であるかを確認して、その人を顎でしゃくってみせた陳平に再び唖然とた。
「…劉盈皇子」
「お久しぶりです、軍師」
渦中の真っ只中にある皇子は少々頼りなげな笑みを浮かべた。
「父上―陛下は何とおっしゃってましたか?」
「皇子ではなく陛下御自身が陣頭に立たれると御決心下さいました…ですが、その暁には太子を如意様に変えるとも宣言なさって…」
「じゃあ事態は良くなったようで、全然中身は変わってないわけですね」
「…いえ、お手を煩わせてまでありがとうございます。母上や叔父が無理なお願いを軍師になさったと聞きました。きっと、私が討伐に出ないで済むだけでも母上はきっと安心して下さると思います」
成人と少年の狭間でゆらゆらと揺れている、未成熟な瞳。幼い頃から多くの確執に板挟みにされている彼の心を思うと、宿命という言葉で片付けてしまうには余りに気の毒だった。
呂后は満足するだろうと彼は言うが、彼女達にとって盈皇子の無事よりも太子の座を奪われることのほうが重大事に違いなかった。これでは、僻彊の身を守り切ることが出来ない。
「…そうでした皇子。私は陛下の勅命により太子少傅に任命されましたので明日より出仕させて頂きますが」
「太子を変えるっておっしゃってるのに、貴方を少傅に?陛下のお考えがよく分かりませんね…」
「いえ、でも丁度良かったです。軍師が私の少傅になって下さるのならば事を進めやすい」
「?」
「張良殿が陛下に謁見されてる間、皇子に相談に乗って頂いてたんですよ」
何の、と視線で問い掛ければ後ろで先程からずっと押し黙ったままでいる僻彊の背を彼は押した。
「母上や叔父の行為は息子とはいえ見過ごせるものではございません。
…私の侍従として僻彊君を頂けませんか?私の囲う者であればいくら母上達と言えども手出しさせずに済みます。それに、少傅の子として私に仕えるのだと言えば誰も不自然には思わないでしょうし」
盲点だった。
確かにそれならばいつ裏切られるかも分からない一方的な取引を呂后とし続けるよりも安全ではある。だが―
「…ですが…劉盈様、私は…」
絞り出すような僻彊の声。そう、この子が刃を向けたのは皇子の母親だ。
「…ねえ僻彊君。
君は…あの時のこと、知ってるね?」
「!」
驚愕の表情を貼付けて僻彊は皇子を凝視する。
「…でも、誰にも言わないでおいてくれたから、そのお礼」
「…は、い」
あの日のこととは。
尋常でない僻彊の反応に訝しく思うがそれがいつを指すのか私にも陳平にも分からぬし、詮索する必要も見付からなかった。この皇子が取り返しの付かぬような過ちを犯すとは思えなかったからだ。
いつも周り不安にさせる程に優しい彼だから、きっとこれも僻彊を納得させるための空言だろうという気もした。
「じゃあ、陛下と私達は英布を討ちに。その間に皆さんで如意皇子が太子の座に着くのを阻止する方法さえ見付ければ、万事は丸く収まるわけですね」
ああ良かった、と人並みな感想をこの男が漏らしたのに彼が本当に僻彊の身を案じてくれていたのだという事が感じられた。
「皇子、貴方が太子の座を保てるよう出来る限りのことはやらせて頂きます」
「ありがとう…でも、無理はなさらないで下さい。そうまでして不相応な身分に着きたいと私は思ってないんです」
回りのことがなければ、私は如意が太子になってくれて全然構わないのだとまで皇子はおっしゃった。このように謙虚で柔和な人が皇帝に即位した後の心労を思うと可哀相にも思ったが、帝国を長きに渡って繁栄させるためにも二代目皇帝の人選を誤るわけにはいかない。
こんな先のことに思考を巡らしている自分が滑稽だった。
すぐにでも“あちら側”からの迎えが来ると思っていた今からでも過去の己を張り倒して、無理矢理でも出仕を続けさせてやりたい位だ。一人の少女を後宮へ入れることを少しでも投げやりな気持ちで許してしまった己の目を覚ましてやれたら。
私が一人よがりな柵を捨て切れていたならば、誰かを不幸にすることを阻止する事が出来たかもしれないのに―
沛県で開かれる宴まで、そう時間は残されていない。
***
校正してる最中でさえ、ぶ…分岐がちらつく…(…)
無理矢理にでも史実に繋げてって悦りたいのが歴史厨のサガです。やっとヘキキョ君を侍従に出来たよ^^^^
さて、狩野英布読み直して、「大漢風」の白文ググってきまーす。
お久しぶりでーす。
学生最後の文化祭に向けて、熱烈準備中。
今まで部活の出し物と二足の草鞋を履いてて中途半端にしか顔出してなかったクラスの出し物の方に全力で取り組めてる今年。延々と暑苦しい親子のイラストを描き続けてるここ数日。暑苦しくも充実中(笑)
親子ってさ、つーか父息子ってさー女々しい位お互い仲良しなトコあったり、たまには殴り合いーのちゃぶ台ひっくり返しーのもあり、普段はお互い無関心装い~な関係がベストベスト。
延々と昭和の親子を描き続けてるうちにぼんやり妄想してた理想親子像。
そんなわけでさっさと英布さんには退場してもらって(哀)風雲急を告げたかっただらだら長文が、今回は親子ばっかし書くことになってしまったのでした(苦笑)
いーもん。また自分の中の張良像が固まった もん。
あ、話題のサンティさん(ん?シャンティさんだっけか?)の話題作「美しき傷」を購入~。
アレクサンドロスが主人公のスケールでかそうな恋愛小説っす。
親子愛情友情泥沼戦争etcの古代オリエントすったもんだ東方遠征とか…!わぁ~!読む前から楽しみすぎて動悸が…!
学生最後の文化祭に向けて、熱烈準備中。
今まで部活の出し物と二足の草鞋を履いてて中途半端にしか顔出してなかったクラスの出し物の方に全力で取り組めてる今年。延々と暑苦しい親子のイラストを描き続けてるここ数日。暑苦しくも充実中(笑)
親子ってさ、つーか父息子ってさー女々しい位お互い仲良しなトコあったり、たまには殴り合いーのちゃぶ台ひっくり返しーのもあり、普段はお互い無関心装い~な関係がベストベスト。
延々と昭和の親子を描き続けてるうちにぼんやり妄想してた理想親子像。
そんなわけでさっさと英布さんには退場してもらって(哀)風雲急を告げたかっただらだら長文が、今回は親子ばっかし書くことになってしまったのでした(苦笑)
いーもん。また自分の中の張良像が固まった もん。
あ、話題のサンティさん(ん?シャンティさんだっけか?)の話題作「美しき傷」を購入~。
アレクサンドロスが主人公のスケールでかそうな恋愛小説っす。
親子愛情友情泥沼戦争etcの古代オリエントすったもんだ東方遠征とか…!わぁ~!読む前から楽しみすぎて動悸が…!
笑う姫君 12
***
彼がこうやって凱旋なさるのを本当に久し振りに眺めるのだということを私は輿に乗る陛下の顔を見て初めて気付いた。
堂々の凱旋を果たしながらその横顔に安堵の表情を垣間見ることはできない。原因は彼が代の地での反乱鎮圧に当たっているとき既にして、次の乱は巻き起こっていたからだった。
英布―額に罪人の証である黥(入れ墨)を施されていたその容貌から彼を黥布(げいふ)と呼ぶ者もいる。
彼が乱を起こしたという報せに誰もがああ、と諦めにも似た嘆息で応えた。彼もまた、いつ件の粛清を受けてもおかしくはない立場の中にあったがこの一方的な風向きの中で自ら反するとは誰も思ってはいなかったのだが。燎原の火の勢いで今この長安に攻め寄せんと殺到している英布の軍に対抗すべく陛下は休む事なく反乱の鎮圧に向かわれるのであろうと、その時までは誰もが思っていた。
「討伐軍の大将軍に、劉盈皇子を?」
「憚らずそうおっしゃっておられますよ、あの陛下は」
久しぶりに会ったこの男は随分と不機嫌そうに言い捨てた。先程から何度も気にしてさすっている頬の矢傷―代の地で反乱者に付けられたのであろう―がどうせその原因だろうと推測しながら続ける。
「そんな、露骨過ぎる」
「でしょ?そこなんですよ」
今この帝国に英布に勝る武力を持つ英雄はいない。唯一勝るとも劣らない力を持っていた者達―韓信殿と彭越殿は既にこの世に存在しないからだ。
反乱を鎮圧するには少なくとも陛下自らが陣頭に立って兵士達を鼓舞しなくてはならない。
「実戦を殆ど指揮したことのない皇子に古参の将軍達を率いてあの英布殿を討てるわけないって私も諌めたんですけどね…」
「陛下がそれを呑むわけがない」
その通り、と陳平は卓に肩肘を付きこれみよがしの大きな溜め息を吐いた。
「陛下は皇子に負けさせて太子の資格を取り上げるのが目的なんですから」
「……」
遂に表立って、太子を劉盈皇子から如意皇子へと変えたいという思いを陛下は示し出していた。
呂釈之達の計らいによって在野の賢人達は劉盈皇子の元に客として参じていた。しかし彼等はただの文人でしかなく戦となっては何の役にも立たない。呂家の者はこの話を知るや助けを求めに私の元を訪れるだろうことは明らかだ。
「やれやれ、ですか?」
にィと狐のような笑みを浮かべる陳平に思いきり眉をしかめてやったが気にした風はない。
「…私は呂后側の人間にならざるをえませんが、あなたは?」
「私は呂后様、戚様っていうより陛下の手先でして…まぁ、ヘマをしない蝙蝠のつもりですよ」
「それはつまり…」
「ええ」
―僻疆のことはお任せ下さい、と笑う。
「……」
「ま、驚きはしましたけど…いーんじゃないですか?貴方の子らしくて」
「…僻疆は私とは違います」
立場も、生まれ出た時代も。今この世界であの女傑に逆らった者に逃げ場所なんて無いのに。愚かな事を、と思う。怒りと戸惑いが今も胸中で揺れている。
「そんな事言わないであげて下さいよ。彼ね、お父上に似ているよって言ってあげると喜ぶんですから」
「…そう、なんですか」
「ええ全く、羨ましい。
私なんか都に居る限りいっつも顔合わせてるのに慕ってくれるどころか白い目で見てくるくらいで―」
「それは…正しい判断です」
「…この親子は…」
本当に心外だといった顔を彼がするものだから、思わず声を上げて笑ってしまった。
あの子は、母の顔を知らない。彼を産んだ後に妻は急逝し、私は楚軍との戦の最中にあったため彼女の死に顔も生まれた子の顔も知らなかった。事が落ち着いて、初めて私が“僻疆”と名付けた赤子を見たときその子は既に乳母に支えられながらもよろよろと自分の足で歩けるほどに大きくなっていた。しかしそれでも、そこに妻の面影をしっかり認めることができたから私は赤子に手を伸ばすことができたのだ。
小さくしっとりとした手を取る。しかしそれからどうすればいいのか分からないまま固まってしまった私に乳母は
「ただ、抱いて差し上げればいいのですよ」
と随分寂しそうな笑みを点しながら言った。
両手でそっと包んだその熱はひどく不安定に揺れる、知りもしない妬けた生温い海を私に思い起こさせた。
「僻疆はですね、戚様の事私達が思ってた以上に慕ってたんじゃないかなーって思いますよ。あなたは何故何故と言いますけど、ただ戚様を守りたくて呂后を弑さんとしたと」
「彼女は僻疆にとって…」
「女性として…というより母としてのね」
私がこの世に留まっていられる内にこの赤子を一人で生きていけるだけの者にしなくてはならないと、それが私の責任だと思った。
私がこの子に与えられるのは智だけだと信じてただひたすらにそれを与え続けた。私もそうして生き延びてきたのだから。
「私は…あの子に熱を吹き込んであげなかった…」
らしくない随分と抽象的な表現に一瞬戸惑うが、いつも飄然としたこの男の内面を見たような気がして陳平少し嬉しく思った。
「何を指して嘆かれるのかは存じませんが、あの子に大きく欠けたものはないですよ。お預かりしてた私が言うんです」
何せ私は貴方に負けないくらいあの子を可愛がってきたつもりなのだ、と。汚い権力争いに巻き込んで、人質だからと幼子を不幸にするのを知っていながらに容認する気はなかった。
今更の慈善心と言うよりは今になってようやく、たった一人で貧困の中私を育て上げてくれた兄の気持ちが理解できるようになったよう思えたから、この子の後見になろうと目の前の男に名乗り出たのだ。
「あとは僻疆を殺させない為に、どうするかです」
急に策士の顔に変わった陳平に自分も頷いて思考を回転させる。
当面、呂后に逆らわずにいれば契約通り私達の安全は保証される。逆に劉盈様を廃して戚様と劉如意様を立ててしまうのも一つの手だった。
しかし、己達の保身の為だけに動くことは今の私達には許されない。何の後ろ盾もない皇太后と幼い新皇帝が即位したら出来たばかりのこの王国はどうなるか。
「…呂后に立ってもらわなくては困る」
「それしかないと思います…でもそれだと戚様達がですね、呂后の手に」
「まさか、あのお方も命まで取ろうなんてしないでしょうけど、辛い思いをなさる前に我々が率先して僻地の諸侯に収まるよう説けばいい。戚様なら分かって下さるでしょう?」
「…物分かりの良い方だったんですけどねぇ…最近、妙に頑固ですから、どうかな…」
「…?」
「張良殿はご存知ないでしょう?
呂后との確執が顕著になってからの戚夫人の陛下の篭絡ぶりときたら凄いんですから。何処へ行くにもご一緒で、陛下の戚様への依存ぶりときたらもう、怖いくらい…」
そこで語ることを止め、決まり悪そうに陳平は両手をぱたりと卓の上に置いた。
慣れぬ絹の着物を引きずっておどおどと視線をさ迷わせていた数年前の少女と、あの鐘堂の中で怯えた瞳をしていた美しい妃は私の目には何も変わらぬよう写ったのだが。
結局あの少女は権力の魔力に飲まれて妹嬉(ばっき)や妲姫(だっき)が如くの傾国の妖女に成り果てたのか。それとも、他の―
「…彼女を、お助けするつもりでしたのに」
「私はまだ影からでも支えて差しあげるつもりですからね、戚様のこと」
そう言う彼の目は真摯な光を湛えていた。私が全てを放り投げて庵の中で禅を組んでいたこの年月の間に、この男は少しばかり研の取れて丸くなったようだ。
良い事だ、と思えた。
「取り敢えずは陛下のお気持ちを変えなければ始まりません。呂家の者に言われずとも、私も出来る限り力を貸させて頂きます」
「有り難い、貴方の言葉なら陛下も聞いてくれるかもしれない…最近は私の言う事もあんまり聞いてくれないんですよ。それでいて人恋しくて仕方ないみたいですから、陛下」
「……」
私が彼を担いで、天下に覇を唱えてみせようと思ったのは何故だっただろうか。自分の望みを果たせるのはこの男の他にいないと思ったから。それに、この男の笑顔を見るのは悪い心地はしないと思ったからではなかったか。
「皮肉な、ことを」
何となく漏れたその呟きを陳平が聞き取っていたかどうかは知らない。ただ彼は私に一言も返しはしなかった。
小綺麗で主の趣味の良さを感じさせる回廊。
出口に向かう外廊下の脇に並んで植えられた木蓮は枝から零れそうな程に花を付けていた。これが、数日もすれば花弁は茶に染まり汚らしく散ってしまうのだと思うとやはり竹や常緑の庭木の方が好ましく感じられる。自分は、そんなつまらないたちの人間だ。
その木蓮の花弁が一つ、二つとぽたぽた散る先に白い袍に身を包んだ少年が私がやって来るのを待つようにじっと立っていた。
「僻疆」
声を掛ければゆっくりと拝手し頭を垂れる。私がゆくまでそのままでいたのが彼の薄い影を踏んで目の前に立つと同時、その面を上げた。
私と息子の間を一枚の木蓮がよぎる。その光景に強い既視感を覚えて記憶を辿れば、忘れえぬ情景が脳裏へ鮮やかに甦った。
もう何十年も前の事になってしまった、故国が秦に滅ぼされた冬の日。街路に落ちた木蓮の花弁は切り殺された都の人々の血を吸って汚い錆色をしている。私の生家の前庭にも木蓮が風に乗っては舞い込み、紫の宰相服を赤黒く染めた父の背にぽつぽつと白く散った。
早くここを出るのだ、と私の手を引く家人を振り切りその傍に跪く。既に病床にあり枯れ木のようになっていた身体からこれほどに血潮が流れ出るものなのかと、私は広がり続ける血溜まりに純粋に驚いた。
『…りょ、う…良…』
父が微かに聞き取れる声で私の名を呼ぶ。
私は為されよう最期の言葉を聞きたくなくて、父より先に口を開いてしまった。
『悪戯に生きて、張家の名をこれ以上地に貶めたくはございません。私も父上に殉じ、この韓の地で死にとうございます』
「これ以上、張家の名に泥を塗り重ねたくはございません。せめて死を以って孝の道に殉じたくございます」
記憶の中の私と僻疆がぴたりと重なった。自分の分身が目の前に現れて口をきいたのかと思うほどの事に、あの時私はこんな顔をしていたのだろうと感じる。生まれて初めて、自分の力だけではどうすることもできない凶悪な力がこの世界に存在するということを悟ったあの時。
父は、私に何と言ったのだったか。
何事か返してくれた言葉は小さく、聞き取れずにいたのを聞き返す前に遠い先門から後続の秦兵が屋敷になだれ込むのに気付いた家人に無理矢理抱えられ、死を待つ父を置いて私はその場から失せてしまった。
「お前は誰にも殺させはしません」
「父上の迷惑となってまで、私は生かして頂くつもりはございません!」
高く乾いた音がした。
私に張られてうっすらと赤く染まった頬に触れることもなく呆然と、僻疆は思い切り平手を振り抜いた私を見つめた。
殺せと言い放った僻疆の光る瞳に腹が立った。一人よがりの醜い衝動からなどではなく、僻疆と私のもっと深く繋がった部分で強い怒りを覚えた。
「…いいですか。お前は私であり、私はお前なのですよ」
血溜まりの中に沈んでいった父が何か言わんと動かした口と、今私の口唇は同じ動きをしているだろうと確信した。すぅと、私の中で凝り固まっていた何かが糸を抜くようにして解けてゆく。
この子に胸の内を有りのままに伝えるのも、平手で打って叱るのも、初めてのことじゃないだろうか。何が父親だ、と今更の深い後悔が胸のひだに入り込んでくる。一生癒されはすまい病がまた一つ増える―その病は多くの人が当たり前に患っているはずのものではないだろうか。
「…違います。私は、誰のお役にも立てぬどうしようもない人間です。父上とは、全然、違います」
暫く押し黙っていた口が沈黙を経て押し出したのは慟哭だった。
辛くて辛くて仕方がない、と。
「母上と日々を過ごすことが私には出来なかった。父上のお傍にいることも許されなかった。陳丞相に付き従って戦場でお役に立つことも許されなかった。戚様のお役に立つ事も、お守りすることも、叶わなかった…」
私はこの時初めて、この子の泣き顔に面と向かい合った。
「私の居場所なんて…いくら、探したって、どこにも無いんです!」
「違う!」
手を取り引き寄せ、両手で抱きしめた。
同時に、大きな泣き声を上げて私に縋り付く一回り小さな体と手をしっかり受け止めようとした。
幼い声で涕泣する震えるその背から伝わる熱は、初めてこの子を抱いた時に感じたあの揺れる妬けた海水の感覚と全く変わっていなかった。
「――」
もう一人にはさせませんから、と言いかけたその口を閉じた。
それでも、私がもうすぐ消えてしまうことは変えようのない定めであったから。
昨日は父の会社の同僚さんたちと花火大会に行ってきました~。
席がVIP席仕様だったので(でも河原の上のビニールシート 笑)特大花火だぞ~とみんなで楽しみにしてたのですが…
近すぎて花火玉の破片とか火花とかも飛んでくるって一体。
「キタァ!」の掛け声と共に花火爆撃をお盆やら紙皿で避けつつ、火花の直撃を喰らって「アチチィ!」とのたうつ同僚のお兄さん、飛ぶおつまみイカにビール缶。何この阿鼻叫喚花火大会(笑)
でもおっきくて綺麗で楽しかった~。終了後、明るいトコに出たらみんな顔が煤だらけで真っ黒でした(笑)
続き~。
この時代、花火はまだないけど爆竹くらいならあったのかしらん?
場つなぎながらちょこっと内輪の創作の子が顔出してたりしますが気にしないで~。
笑う姫君 11
****
「呂后から?」
「はい、高官の殆どの皆様に下賜されたとか…」
同梱されていたという書簡を彼女から片手で受け取りつつ、卓の上に置かれた翡翠色に光る小振りの瓶を見つめた。
早朝に突然使者がこれを携えてやっていたのだという。「縁起もの」と語って去ったというが、不意に起こる出来事に手放しで喜べることなどは少ない。
「開けてみて下さい、芙蓉」
「かしこまりました」
丁寧に縛られた口を慣れた様子で解き始める。彼女は使用人達の中でも秀でて手先が器用だった。
その間に恭しげな調子で書き出された呂后からという書簡に目を通すことにする。一体なんの意図があってのことか…先日の、韓信殿の粛清に対しての褒美であるというのなら理解はしていながらも不愉快で仕方がない。
陛下は圧倒的優勢にありはしているが、今も代の地で反乱軍と交戦中だ。双方に乱の首謀者である韓信殿の死は伝わっているはずなので決着はすぐにでもつくだろう。如意皇子の身柄も無事に確保されたと聞いている。
「あら…旦那様、食べ物です。燻製…豚肉かしら?」
彼女が包みを開き終えたのと、私が書状の内容から下賜品の中身を理解したのは同時だった。書簡から引き攣った顔を上げた私を彼女は訝しげに見て首を傾げる。その両手で抱える瓶を私は無理矢理に奪い取った。
「きゃ…ちょっと、旦那様どうなさいまし…」
「本当に狂ってしまったのかあの方は!」
窓辺へと足早に歩み寄り、庭に据えられた岩に向けて思いきりそれを投げ付けた。丁度、私が手を掛けた円窓の前を通らんとしたらしい馭者の隆が素っ頓狂な声を上げて跳びすさる。
大きな音を立てて瓶は中身とともに四散した。散らばったその肉片が食卓に上ろうものなら全く違和感なく溶け込もうであろう様相に私は強い吐き気を催してその場にうずくまる。
「ど、どーしたんだよ旦那…」
「旦那様…?」
「あれは…人の肉です」
芙蓉の瞳が驚きと戦慄に開かれるのが気配で分かる。
「人肉って…なんでそんな恐ろしいもん…」
「あれは彭越殿なんですよ」
私の口にした名に二人とも絶句したが、ややして状況を飲み込んだ様子だった。
「彭越様まで呂后の手に…」
少数先鋭による奇襲を得意としていた彭越殿。何度となく項羽軍の補給路を遮断しては陛下を死地から救ってきた。
度重なる功臣の粛清に己が命を危ぶんで陛下に申し開きをしたのだと聞いていた。武人の誇りを捨ててまで命乞いをした者がこのように悲惨な最期を向かえねばならなかったのか。呂后の人の所業とは思えぬ他者への警告の媒介と成り果てて。
「なぁ旦那、やばいんじゃねぇか?こー来たら、旦那が次に殺されたってなんの不思議もないぜ?」
「ちょっと隆さん、不吉なこと言わないで下さいよ!」
何の為に旦那様が平和になってからもこんな慎ましく暮らしてきたんだと思ってるんですか、と口早に言いながら芙蓉は庭に降り立ち散らばってしまった彭越殿を一つ一つ拾い始める。
質素な生活は自ら好んでの所もあったが、半分は芙蓉の言う通り予想された粛清を避けるために権力に対して無欲であることを示すためのものでもあった。しかし、何の野心もないことを示した彭越殿がこうなのだ。私自身も安全であるとは決して言えない状況にある。
「…韓信殿は、普段からこのような心地でおられた訳か」
「…旦那様?」
白い木綿の手巾に肉片を包んだ芙蓉が不思議そうに私を見つめるのをいいえ、と手で制した。
「あの、せめてこれだけでも私達の手で葬って差し上げて構いませんか?」
「勿論です。彭越殿も少しは浮かばれましょう」
ただし人の目に付かぬようにという私の言葉に、はいと頷いて恐れる事なくそれを胸に抱く。彼女は幼い頃に兄を秦兵に殺されている。いつも死者に対して人一倍の憐憫を以って接するのはそれによる影響が強いのだろう。
隆もまた秦に人生を歪められ諸国を放浪し続けていた男だ。
私が劉邦殿に仕えるずっと前に出会った彼ら。主人と従者の形をとっている今も、どこか気のおけない友人同士といった関係にあった。
「そういえば…旦那様、小爺(シャオイエ)…お坊ちゃまはいつお帰りになるのですか?お仕事にお暇が出たと聞きましたが」
「…今も陳丞相の家に置いてもらっています。ですが近日中には呼び寄せるつもりですよ」
「本当ですか?わあ、小爺にお会いするの何年振りかしら。大きくなられて更に旦那様に似ていらっしゃるでしょうね」
大好きなお料理を用意しておかなきゃ、と僻彊の乳母のようなものであった彼女は本当に楽しそうに微笑む。その笑顔に小さく笑みを刻みかけた時、遠くから隆が私を呼んだ。
「旦那、お客様だそうですぜ。呂釈之とかいう…」
「呂釈之殿…」
一瞬眉を潜めた私に芙蓉は目ざとく気付いたらしく不安げに顔を覗き込んできた。もしかして、と尋ねる彼女に小さく頷く。
―呂后の兄君がどうして私の所になど。
「分かりました、丁重におもてなしなさい。私もすぐに参ります」
二人は不安げに私の背を見送った。
私の内にあったのは不安感というよりはある種の鬱屈とした倦怠感だ。いつまでも中途半端に俗世と繋がり続けているの自分が不愉快なのだ。世を捨てるなんて事は国と深く繋がってしまった私には無理なのかもしれないと、韓信殿の誅殺に手を貸した時から分かってはいたのだけれど。
「いやいや、急に押しかけてすみませんねェ」
「いいえ、気になさいますな」
茶器の上げる湯気に霞む糸のように細い眼と耐えず震える長く爪を伸ばした小指。呂釈之、生理的に受け付けない男だと思いながらも決まり切った応対を返す。
「…今日は、拙宅に一体何の御用でございましょう?」
「いえね、先日は呂稚の…いえ、呂皇后の、ひいては我々呂家の命を救ってくれたでしょう?改めて御礼をしておきたく思いまして」
「いえ、そんな…」
貴方がたの為に動いたつもりはない。
旧友の手によって再び乱世を引き起こされるなんてことは御免だったから韓信殿の謀叛を阻止したのだ。
「これからも宜しくお願い致しますよ」
薄い唇の端を引き上げて微笑む。
現在、外戚として着実に朝廷内に権力を敷いている呂家。戦時中さしたる働きもしなかった彼らの厚顔ぶりに意識せずとも不快の念がむくむくと胸中に広がる。
「…ところで張良殿、陛下の謀臣である貴殿は陛下が一体どの御子を太子に立てるつもりかご存知ですよね?」
「…いいえ。道理と古来から続く建前で太子を選ぶのであれば呂皇后の劉盈様が選ばれるのが筋です。しかし陛下は戚夫人の子である劉如意様を太子に立てたいご様子だと伺っております」
「そうなんですよねェ。多くの重臣が諌められたのに陛下はお考えを改められる気はございません…」
不意に細眼に黒い瞳が宿った。同時に彼の纏う茫洋とした雰囲気が荒いものを含んだことに驚きつつ、一つ嫌な予感がよぎった。
「帝国の一大事に陛下の傍らに常におられた軍師殿がどうして枕を高くしたまま何もせずにいられるのですか?」
「…私は死地にて陛下を支えて参りました。いま泰平の世を向かえ陛下は愛情から太子を変えんとしております。それに私が口を挟むべきものでございますか?」
「…事によっては再び世が乱れるやも知れないのに?」
「それは、私の範疇外というものです。私の成すべき役目はもう終えていると考えていますから」
「左様ですか…」
俯いた頭が一つ溜め息を吐いてから上げたその瞳は確かに一瞬、三日月の形に歪んでいたように見えた。
「そういえば…張良殿、韓信を処刑した場に貴殿のお子さんも居合わせてたそうですねェ」
「それが、何か…」
「きっと錯乱してたんでしょうけど…何やら、剣を手に持って呂稚に向かおうとしたらしいって聞いてるんですよね」
「……」
否定できない。
確かにあの時、僻彊は韓信殿の剣を手に呂后へ切り掛かろうとしていた。制して取り返しのつかない事態は避ける事が出来たと思っていたのだが…やはり、他の者も見ていたか。
癖彊は職を辞させ、謹慎の形をとって陳平の私邸に匿ってもらっているのだが呂家の者の手にかかれば引き出されるのは時間の問題だ。
「あ、今朝届いたと思うのですが呂稚からの下賜品もう見てくれましたか?凄いでしょう、謀反人の誅殺をこんなに分かりやすく臣下に伝えられるなんて今までなかったでしょう」
「……四人の…を…」
あからさまな脅しに怒りも恐怖も湧かなかった。
ただ、神算操るなどと謳われた私が肉親を盾に取られて何の策も考え付かずこの俗物に従う事を選んでいるのを他人事のように可笑しく思った。
「はい、もう一度」
「…四人の賢者を召喚して、劉盈様にお付けなさい。
陛下を不品行を嫌って、何度召し出されても出仕しないでいる老賢者達がいます。立派な説客を使者に立て、劉盈様に心のこもった文を書かせ、宝物を送り立派な輿で向かえれば彼らも出てきましょう。
陛下は彼らを尊敬しておられます。その四人が劉盈様に付いておられるのを見られれば…」
一息にまくし立て、息の続かなくなった辺りで口を閉じ、俯き押し黙った。
「…なるほど、さすが張良先生だ!」
呂釈之は私の両手を手に取って、笑いながら大きく振った。
「早速手配させましょう…でも、その賢者を召し出すまで時間も掛かるでしょうし、その間に何か都合の悪い事があったら私達だけで対処できるか、ちょっと不安なんですよねェ…」
「…私自ら、出廷するのをお望みか?」
「え、いやいやそんな御苦労掛ける気は無かったんですけど…先生がそのつもりならお言葉に甘えてしまいましょうか」
心強い味方を得て、妹もきっと喜びますよと彼は細い眼を一層細めて笑った。
「全ては私達と貴方と、ひいてはこの国の為…ですよね?」
「…ええ」
「うんうん。さて、有用なお話が出来ました」
すくりと上座から立ち上がって、呂釈之は軽い足取りで席を立つ。
「では宮中でお待ちしておりますよ」
私は見送ろうともしなかったが構わず彼は退席していった。己の従者か私の家の者に何やら軽口を吹っ掛けながら笑い声を上げる、それが段々と遠ざかる。
頭が重い。
最近続いていた微熱が少し悪化したことを感じながら、情けなさに自然と歪んだ笑みを刻む。
不意に、先日何年振りかに見た戚夫人の怯え歪んだ瞳を思い出した。結局、私は彼女を打ちのめす事になってしまったのだと。
―英布殿が謀叛を起こしたのはそれからすぐの事だった。
****
呂釈之が張良を脅して~て史記に書いてあるけどさ、読む限り図々しくも慇懃無礼にお願いしてるようにしか読めなくて…一体全体どのへんが?だったので無理矢理脅してみた巻。
きっと本人だったら華麗にスルーしてみせるんだろうけど、私の貧弱な脳みそじゃ…こんなもん(苦笑)
こう並べてみると、短期間で反乱逃亡起こり過ぎ。
なんだこの帝国。
マーリャンはっけーん!
私が知ってるのより内容量が気持ちアップしてるが…まあ大筋はこんな感じです。原題「馬良神筆」らしい。馬良で当ってたゼ。
ttp://www.izumishobo.co.jp/onlinebook/c01_dowa/marryan/marryan1.html
オチの引きがいいなぁ…これ。古代に成立した話でいいらしい。ほっ!
てわけで続き~。
ぐだぐだの伸び伸びだ。
私が知ってるのより内容量が気持ちアップしてるが…まあ大筋はこんな感じです。原題「馬良神筆」らしい。馬良で当ってたゼ。
ttp://www.izumishobo.co.jp/onlinebook/c01_dowa/marryan/marryan1.html
オチの引きがいいなぁ…これ。古代に成立した話でいいらしい。ほっ!
てわけで続き~。
ぐだぐだの伸び伸びだ。
笑う姫君 10
***
柳の葉が幾重も帳のように折り重なって視界を薄い緑に染めた。その奥から聞こえる声は、捜し求めているその人のものだ。
「その少年はとても貧しかったのですが、枝先で地面に描いてみせる絵は都の絵師にも負けず劣らぬそれはそれは上手なものでした」
ゆっくりと辿り、唄うように語るその声は何も飾ることなく響く鈴の音のよう。作りものでない彼女本来の声をもう何年も聞いていなかったのだと気付いた。
「ある日、少年の前に真白いお髭を生やした仙人様が現れて、描いたものが本物になるまほうの絵筆をくれました。少年は花を描き、鳥を描き、村の川に水車を描いてやり、牛の背に田を耕す鍬を描いてやりました。少年の村には笑顔が溢れました」
「…そんなある日、少年の許を強欲な王さまが訪れました」
気付いていたのか、不意に重なった私の声にさして驚きもせず戚様はゆっくりと顔を上げた。鐘室の入口に立つ私を座られたまま見上げて小さく微笑む。
「もしかしたら、来てくれるかもって思ってたのよ」
「なぜです?」
「そんな気がしたの」
ひどく幼い調子、膝を丸めて座るその様子はまだこの都に来られたばかりの頃垣間見た不安定に心揺らぐ少女を思い出させた。
「マーリャン、ですね」
「え?…うん、そう」
彼女の語る物語。
マーリャン、麻遼か馬良か、その少年の名をどのように書くのかは知らないという。母に伝え聞いた話だと言って昔私に語り聞かせてくれた。
「覚えててくれたんだ」
「私が、人に語って頂いたお伽話はそれだけです」
「そう…如意はね、何度もこの話をしてくれってせがむの。マーリャンが悪い王さまに頼まれて描く立派な船や黄金の生る木じゃなくて、動物や龍が好きなんだって」
「……」
掛けるべき言葉が何か分からなかった。如意皇子が無事か否かはまだ分からない。しかし、子を思う母の情念を前にするとどんな慰めの修辞も麗句もひどく薄ぺらいもののように思えた。
「最後、どうなるか覚えてる?」
「…マーリャンに黄金の生る木を屏風に描かせた王は、絵の中にあるその木の生える島に行くために描かせた船に乗って屏風の海原へ向かいますが、マーリャンの描き足した高波に呑まれて死んでしまうのでしたね」
「そう、そしてマーリャンは、まほうの筆で人々を助けながら幸せに暮らしましたってお話」
ずっと昔、聞き終えた時に覚えたものが高揚感であったのを覚えている。有り触れた勧善懲悪、おざなりの啓蒙的結末。
「大人のつまらない勘繰りなんだけれどね…私、その後マーリャンが幸せになったとはどうしても思えないの。小さい頃聞いたときは信じて疑わなかったのに。
マーリャンはその力で人を殺す事を知ったわ。富を得ることが出来るってことも知ったし、また逆に人に疎まれることも」
「詮ないことを…」
「悪い王様付きの絵師があの筆で絵を描いても本物にならなかったのはどうしてかしら?」
「…汚れた大人に、天界のものは扱えない…」
そう、そうなの、と戚様は自分に言い聞かせるかのような調子で何度か頷かれた。
「人って、誰もみんな最初はマーリャンみたいに欲なんて欠片も持ってないんだなあってあの子を見て思ったの。だって黄金の木か七色の鳥のどちらが好きかって聞かれたら…私は黄金の木を選んじゃうわ。でも、あの子は七色の鳥が良いんですって」
「……」
「あの子は…きれいな、まだ真っ白な子供なのよ」
「夫人…」
「あの子はまだ欲も何にも持ってやしないのに、鳥と蹴毬と甘いお菓子が大好きなだけなのに、権力の毒なんて触れたこともないのにっどうして戦なんかに巻き込まれて死ななきゃならないの!」
悲鳴と共に、今まで彼女を纏っていた虚構が崩れ落ちた。いつの日かを境に気高く前を見据えていたその瞳が、涙の膜を張って青く歪んでいる。何年も前から変わらぬ未熟で瑞々しいそれが無意識の媚態となることを私は初めて知った。
「まだ、そうと決まった訳ではございません」
「無事でいてくれたとしても、違うの…きっと私、あの子を幸せにしてあげられない。私、あの子の母親なのに…何にもしてあげられない…っ」
「如意様は…」
「あの子はあんな血塗れた星に生まれた子じゃないのに…あの子は…」
常人には決して理解し得ぬ権力の頂上にある者の計り難い苦悩。
ああまたしても私は、この人を救うことができない。
「あの子は…っ」
がしゃん
突如、鎧の鳴る音が私と戚様の間に割り入った。
がしゃん
「な…」
一人ではない、複数の足音に鍔鳴り、そして怒声。こんな宮廷の奥に賊徒の類いは考えられない。では一体何の騒ぎだというのか。茫然とする戚様の前に立ち閉じた入口に視線を送った直後、勢いよく扉が開かれる。後ろ
に立つ兵士に背を押され勢いよく鐘室の床に押し倒された男を見て私は色を失った。
「韓、信殿…?」
「何処に行ったのかと思ったら…こんなかび臭い所に居たの。元の卑しさが伺えること」
追って入って来た5、6人の屈強な兵士の後に現れたのはこの場に随分と似つかわしくない人物―呂后は戚様を一瞥し不快げに眉をしかめた。その左右に侍るのは蕭何様と呂家の将軍達。そして、父だった。
「父上…」
「……」
もの言わぬその瞳はいつもと変わらず涼しげだが、普段のものとは随分違う。穏やかな水のそれではなく高熱の炎を思わせる青を秘めていた。蕭何様の表情も普段見知った穏やかなものとは程遠い寒気を覚える酷薄さ。
私は段々と糸を紡ぐようにして今起こっている事を理解し始めていた。
突然の陳将軍の反乱。
従軍を断った韓信元帥。
何年もの間、表舞台に姿を現す事のなかった父の突如とした参内。
早過ぎる戦勝の報は現実味を感じさせぬ勝利を伝えるだけのもの。
「そのまま下がっておりなさいな、勝手なことをしようものならお前などこの謀反人と一緒に殺してしまったって私は構わないんだから」
「謀反…?」
戚様は放心したままの様子で、腕を組んで立つ呂后と兵士達に床へ押さえ付けられながら憤怒の形相で呂后らを睨み付ける韓信殿を見られた。
この人は陳将軍と結託して陛下と軍の主力を辺境へと誘い出し、その隙に国家を簒奪せんと企てたに違いない。
それを何らかの形で知った呂后らは陛下が陳将軍を既に討伐したという偽りの戦報を仕立て、陳将軍は既に敗戦し計画が失敗したかよう韓信殿に思い込ませたのだ。
「天下の兵法家がまんまと呼び出されてのこのこやって来るんだもの、こんな可笑しいことがあるかしら?全てお前をおびき出すための嘘なのに」
口角を高く引き上げて笑みを刻んだ呂后のその顔に背筋が寒くなったのはそれに狂気というものを覚えたからだ。震えそうになった体を抑えることが出来たのは背に庇った戚様が、嘘?と呟いた声に皇子が無事かもしれないという小さな希望の兆しも見たからだった。
「貴様…陛下までも利用するなど…」
「じゃなきゃお前を止められなかったでしょ?あの人は怖がりだからね、この事を聞いたらお前の死に胸を撫で下ろすばかりで私を咎めようなんて思わないわよ」
「外道が…」
「“外道”ですって!」
兵士達の手を振りほどこうと藻掻く韓信殿を楽しげに見遣りながら呂后はケタケタと声上げて笑う。
「私一人でこんな上手く事を運べるとお思い?お前を追い詰めてくれたのはお前が信用してたお友達よ」
外道というなら、その者達よねぇと左右を顧みながらじっとりと笑みを漏らす。大きく目を見開いた韓信殿が抵抗をなくすのが分かった。
「お前の企みを私に伝えてくれたのは子房。
そして、陛下の名を騙ってお前を呼び出す計画を立ててくれたのは蕭何。“私の言うことなら彼は従うでしょう”とね、お前に出仕するよう真摯に説得までしてくれたのよねぇ」
「蕭何、殿…?」
声が掠れていた。動かぬ体をそのままに何かを乞うかのように韓信殿は蕭何様を見上げた。今の自分があるのは蕭何様のお陰だと語った元帥の穏やかな笑みを、私は反芻した。信じられない―信じたくなどないと、彼の顔に張り付いた笑みはその時のものと酷似していたからだ。
「貴方は…完璧に戦略を練りたがるから、出鼻を挫けば脆いと思いましてね」
「蕭…」
「残念ですよ、元帥」
蕭何殿の声はただただ冷ややかだった。
韓信という英雄を推挙したのがこの人ならば、命脈を断ち切ったのもまたこの人となってしまった。
陛下―劉邦殿を支えて旗揚げを促したのもこの人。
父や陳平殿の無茶な軍略を支えるだけの兵站を送り続けたのもこの人。
皆が項羽と死に物狂いで殺し合う中、漢中の都を完成させたのもこの人だ。
「私は誰であろうと、この国を侵さんとする者を許す気はありません」
真の国父とは蕭何様なのではないか。
冷たい光を湛えて反逆者を見下ろすその瞳に何の迷いもない。
「っくく…そうかそうか。あんた達に義理立てなどせず、蒯通が申した時に俺は独立していれば良かったわけか」
「何故、今まで尽くしてきたものを」
「吐き気がしただけさ、保身しか頭に無い皇帝と後釜を狙う毒婦にな!」
苦鳴が鐘室に響いた。
うなだれていたように見えた韓信殿が、突如兵士共を振り払って立ち上がったのだ。切り裂かれ解けた縄の戒め、一人の兵の胸には小刀が突き刺さっており彼がそれ隠し持ちこの機を伺っていたのだと悟った。
「このまま無下に死んでやる気は無い!」
しゃんと冷たい音を立てて韓信殿は腰に佩いた細剣を引き抜くや、無駄な動作は一切なく呂后に逼迫する。強張る呂后の顔と、咄嗟に前へと進み出た蕭何様と父の姿が視界に写り、それに高い高い戚様の悲鳴が重なる。
「―っぐ!」
がくんと韓信殿が失速し地に落ちる。床に倒された兵の一人が彼の足首を掴んで引き倒していた。かしゃん、と音を立てながら投げ出された剣は床に孤を描き―私の前で止まった。
「―ッ張僻彊!」
「!」
次々と体勢を立て直した兵達に手荒く地に押し付けられながら韓信殿は怒声などでなく確かな意志を伴って私の名を叫んだ。
「―手に取れ!あの女を殺せ!」
「え…」
「黙れッこいつ…!」
兵士の一人に頭を地に叩き付けられる。兜が音立てて飛び、苦悶に歪む韓信殿の額には血が滲んでいた。
「このままあの女に全て呑み込まれて良いのか?!劉氏と呂氏以外の者は咎が有ろうと無かろうと皆粛清される、俺達武官だけじゃない!お前達も、夫人も、みな殺されるのだぞ!」
目の前で火花が散った。
蕭何殿に支えられながら錯乱したように何事か喚く呂后、瞳に写したその女に覚えたのははっきりとした憎悪だ。瞬間的に沸き立った黒い炎に身を任せ鈍い輝きを放つ柄に手を掛ける。
「だめ」と後ろから小さい声が聞こえたが、気にかける事なく腕に力を込め―
「止めなさい」
「…っ」
「止めなさい、張僻彊」
「…あ、ああああ!」
思っていたよりもずっと重い剣は、手から滑り落ちて大きな音を立てた。
命令したのは私の見知った父ではない。初めて見る、血を凍てつかせるような炯々とした眼光を宿したその人は物語に伝え聞いた張良という軍師だった。抑揚に乏しい冷めた声に私は現実に引き戻され、膝から崩れ落ちる。
呼吸が出来ぬ苦しさと、私を抱き起こしてくれた人の胸が濡れていることで自分が泣いていることを知った。
誰もが、初めは無欲なマーリャンだったに違いないのに。力を畏れることなく敵を屠り続ける、いつしかその道を振り返ることが怖くなる、裏切りを知る、猜疑心を知る。
此処に集っているのは異なる形の筆を持つ、かつてのマーリャンの成れの果てたち。愛を憎しみに変えた哀しい女性。国の為に非情にならざるを得なかった優しい人。汚れきった世界に繋ぎ留められながら楽園を知る男。そして彼は、力ゆえに疎まれながら世界を誰よりも信じていた。
悪ではない、だが彼らは善でもない。ただ全ての始まりは己が手に託す希望とも、怒りとも知れぬ純粋な力だけだったはず。
「わかりませんっ韓信殿…私も、もう…分かりません…っ!」
「…そうか」
小さく呟いた韓信殿の声。その際に、父と蕭何殿の顔に感情と呼べるものが浮かんだのを見て、韓信殿は確かに笑みを刻んだ。
「殺せ」
その微笑と呂后の声が鐘室に響いたのはほぼ同時。
鈍い音だった。
四方に立つ兵達が手に掲げた槍を彼の身体に幾本も突き刺したその光景は、夕闇に染まり始めた中の悪い影絵か何かのようでひどく現実味に乏しかった。感じたのは後ろから私を強く強く抱きしめてくれていた戚様の体温だけだった。
「…この男の一族も皆殺しよ。
蕭何さん、さっさと手配なさい…私は、それまで休ませて頂くから…」
流石の女傑も憔悴した様子で血溜まりの中に沈む韓信殿を一瞥し、己の肩を抱きながら早々と供を引き連れ宮中に引き上げてゆく中で、暫くの間私と戚様、蕭何様と父はそこに立ち尽くしていた。
相変わらず、二人に表情はない。
「…マーリャンは」
勝手に開いた私の口が力無く呟く。
「マーリャンは…絵を描けなくなったと、私は思います」
「…止めましょう」
「私も…そうです」
「そんな事、ないわ」
あの時、父の瞳に私は圧倒されて何も出来ないどころか、諦めてしまったのだ。途轍もなく大きな権力に抗うことを、彼女と如意様を守ることを。
未だ情けなく震え続ける私の掌を戚様の白い両手が包むように持たれた。
―それが、私が戚様に触れる最後となったのだがそれが雪のように冷たかったのをはっきりと記憶している。
不意に蕭何様がゆっくりと韓信殿の傍にひざまずいた。父もそのすぐ後ろに立つ。袖が血で赤黒く染まるのを気にした風もなく、見開かれたままの韓信殿の瞳を蕭何様は静かに閉じられた。
「彼は…頭が良くて、戦評定の時は子供みたいに瞳を輝かせて、堅物そうに見えて冗談が好きで…」
「知っています」
「誰よりも人間らしい人なんだよ」
「知っていますよ、私も」
二人は決して表情を変えない。しかし、その様子が逆に二人の心境を如実に表しているよう私には思えてならなかった。
己が自負する天に響く才を携えつつ、互いの才を信じることで強く繋がっていた彼ら。お互いを欺き裏切った末の別離、彼らを襲っているのは陳腐な悲しみなどではなく、己が半身を失ったが如き喪失感なのだろう、と。
***
スピーディーうさたん死して、グットわんちゃん煮らるの巻(不愉快な口語訳ですね! ニコ)
ここまで書いちゃってからアレだけど彭越の存在忘れてたーあちゃー…なんかバタバタしてる内に彼も粛清されたというこ と で。
統一後の話だから仕方ないんだけど、ヒーロー達のカコイイ所を書けないのはやっぱり悔しいなぁ…
次は英布さんの反乱。張良さんが裏で色々動き出すお。
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自己紹介:
日々をいかにポジティブに生き抜くかを目標に、少しの事でネガティブ観点に陥る、ありがち日本人。
歌は鬼束ちひろ、詩は谷川俊太郎、ゲームはロックマンシリーズをこよなく愛してます。
歌は鬼束ちひろ、詩は谷川俊太郎、ゲームはロックマンシリーズをこよなく愛してます。
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