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マーリャンはっけーん!
私が知ってるのより内容量が気持ちアップしてるが…まあ大筋はこんな感じです。原題「馬良神筆」らしい。馬良で当ってたゼ。

ttp://www.izumishobo.co.jp/onlinebook/c01_dowa/marryan/marryan1.html

オチの引きがいいなぁ…これ。古代に成立した話でいいらしい。ほっ!


てわけで続き~。
ぐだぐだの伸び伸びだ。




笑う姫君 10


***



柳の葉が幾重も帳のように折り重なって視界を薄い緑に染めた。その奥から聞こえる声は、捜し求めているその人のものだ。


「その少年はとても貧しかったのですが、枝先で地面に描いてみせる絵は都の絵師にも負けず劣らぬそれはそれは上手なものでした」


ゆっくりと辿り、唄うように語るその声は何も飾ることなく響く鈴の音のよう。作りものでない彼女本来の声をもう何年も聞いていなかったのだと気付いた。


「ある日、少年の前に真白いお髭を生やした仙人様が現れて、描いたものが本物になるまほうの絵筆をくれました。少年は花を描き、鳥を描き、村の川に水車を描いてやり、牛の背に田を耕す鍬を描いてやりました。少年の村には笑顔が溢れました」

「…そんなある日、少年の許を強欲な王さまが訪れました」


気付いていたのか、不意に重なった私の声にさして驚きもせず戚様はゆっくりと顔を上げた。鐘室の入口に立つ私を座られたまま見上げて小さく微笑む。


「もしかしたら、来てくれるかもって思ってたのよ」

「なぜです?」

「そんな気がしたの」


ひどく幼い調子、膝を丸めて座るその様子はまだこの都に来られたばかりの頃垣間見た不安定に心揺らぐ少女を思い出させた。


「マーリャン、ですね」

「え?…うん、そう」


彼女の語る物語。
マーリャン、麻遼か馬良か、その少年の名をどのように書くのかは知らないという。母に伝え聞いた話だと言って昔私に語り聞かせてくれた。


「覚えててくれたんだ」

「私が、人に語って頂いたお伽話はそれだけです」

「そう…如意はね、何度もこの話をしてくれってせがむの。マーリャンが悪い王さまに頼まれて描く立派な船や黄金の生る木じゃなくて、動物や龍が好きなんだって」

「……」


掛けるべき言葉が何か分からなかった。如意皇子が無事か否かはまだ分からない。しかし、子を思う母の情念を前にするとどんな慰めの修辞も麗句もひどく薄ぺらいもののように思えた。


「最後、どうなるか覚えてる?」

「…マーリャンに黄金の生る木を屏風に描かせた王は、絵の中にあるその木の生える島に行くために描かせた船に乗って屏風の海原へ向かいますが、マーリャンの描き足した高波に呑まれて死んでしまうのでしたね」

「そう、そしてマーリャンは、まほうの筆で人々を助けながら幸せに暮らしましたってお話」


ずっと昔、聞き終えた時に覚えたものが高揚感であったのを覚えている。有り触れた勧善懲悪、おざなりの啓蒙的結末。


「大人のつまらない勘繰りなんだけれどね…私、その後マーリャンが幸せになったとはどうしても思えないの。小さい頃聞いたときは信じて疑わなかったのに。
マーリャンはその力で人を殺す事を知ったわ。富を得ることが出来るってことも知ったし、また逆に人に疎まれることも」

「詮ないことを…」

「悪い王様付きの絵師があの筆で絵を描いても本物にならなかったのはどうしてかしら?」

「…汚れた大人に、天界のものは扱えない…」


そう、そうなの、と戚様は自分に言い聞かせるかのような調子で何度か頷かれた。


「人って、誰もみんな最初はマーリャンみたいに欲なんて欠片も持ってないんだなあってあの子を見て思ったの。だって黄金の木か七色の鳥のどちらが好きかって聞かれたら…私は黄金の木を選んじゃうわ。でも、あの子は七色の鳥が良いんですって」

「……」

「あの子は…きれいな、まだ真っ白な子供なのよ」

「夫人…」

「あの子はまだ欲も何にも持ってやしないのに、鳥と蹴毬と甘いお菓子が大好きなだけなのに、権力の毒なんて触れたこともないのにっどうして戦なんかに巻き込まれて死ななきゃならないの!」


悲鳴と共に、今まで彼女を纏っていた虚構が崩れ落ちた。いつの日かを境に気高く前を見据えていたその瞳が、涙の膜を張って青く歪んでいる。何年も前から変わらぬ未熟で瑞々しいそれが無意識の媚態となることを私は初めて知った。


「まだ、そうと決まった訳ではございません」

「無事でいてくれたとしても、違うの…きっと私、あの子を幸せにしてあげられない。私、あの子の母親なのに…何にもしてあげられない…っ」

「如意様は…」

「あの子はあんな血塗れた星に生まれた子じゃないのに…あの子は…」


常人には決して理解し得ぬ権力の頂上にある者の計り難い苦悩。
ああまたしても私は、この人を救うことができない。


「あの子は…っ」


がしゃん

突如、鎧の鳴る音が私と戚様の間に割り入った。

がしゃん


「な…」


一人ではない、複数の足音に鍔鳴り、そして怒声。こんな宮廷の奥に賊徒の類いは考えられない。では一体何の騒ぎだというのか。茫然とする戚様の前に立ち閉じた入口に視線を送った直後、勢いよく扉が開かれる。後ろ
に立つ兵士に背を押され勢いよく鐘室の床に押し倒された男を見て私は色を失った。


「韓、信殿…?」

「何処に行ったのかと思ったら…こんなかび臭い所に居たの。元の卑しさが伺えること」


追って入って来た5、6人の屈強な兵士の後に現れたのはこの場に随分と似つかわしくない人物―呂后は戚様を一瞥し不快げに眉をしかめた。その左右に侍るのは蕭何様と呂家の将軍達。そして、父だった。


「父上…」

「……」


もの言わぬその瞳はいつもと変わらず涼しげだが、普段のものとは随分違う。穏やかな水のそれではなく高熱の炎を思わせる青を秘めていた。蕭何様の表情も普段見知った穏やかなものとは程遠い寒気を覚える酷薄さ。
私は段々と糸を紡ぐようにして今起こっている事を理解し始めていた。


突然の陳将軍の反乱。
従軍を断った韓信元帥。
何年もの間、表舞台に姿を現す事のなかった父の突如とした参内。
早過ぎる戦勝の報は現実味を感じさせぬ勝利を伝えるだけのもの。



「そのまま下がっておりなさいな、勝手なことをしようものならお前などこの謀反人と一緒に殺してしまったって私は構わないんだから」

「謀反…?」


戚様は放心したままの様子で、腕を組んで立つ呂后と兵士達に床へ押さえ付けられながら憤怒の形相で呂后らを睨み付ける韓信殿を見られた。

この人は陳将軍と結託して陛下と軍の主力を辺境へと誘い出し、その隙に国家を簒奪せんと企てたに違いない。
それを何らかの形で知った呂后らは陛下が陳将軍を既に討伐したという偽りの戦報を仕立て、陳将軍は既に敗戦し計画が失敗したかよう韓信殿に思い込ませたのだ。


「天下の兵法家がまんまと呼び出されてのこのこやって来るんだもの、こんな可笑しいことがあるかしら?全てお前をおびき出すための嘘なのに」


口角を高く引き上げて笑みを刻んだ呂后のその顔に背筋が寒くなったのはそれに狂気というものを覚えたからだ。震えそうになった体を抑えることが出来たのは背に庇った戚様が、嘘?と呟いた声に皇子が無事かもしれないという小さな希望の兆しも見たからだった。


「貴様…陛下までも利用するなど…」

「じゃなきゃお前を止められなかったでしょ?あの人は怖がりだからね、この事を聞いたらお前の死に胸を撫で下ろすばかりで私を咎めようなんて思わないわよ」

「外道が…」

「“外道”ですって!」


兵士達の手を振りほどこうと藻掻く韓信殿を楽しげに見遣りながら呂后はケタケタと声上げて笑う。


「私一人でこんな上手く事を運べるとお思い?お前を追い詰めてくれたのはお前が信用してたお友達よ」


外道というなら、その者達よねぇと左右を顧みながらじっとりと笑みを漏らす。大きく目を見開いた韓信殿が抵抗をなくすのが分かった。


「お前の企みを私に伝えてくれたのは子房。
そして、陛下の名を騙ってお前を呼び出す計画を立ててくれたのは蕭何。“私の言うことなら彼は従うでしょう”とね、お前に出仕するよう真摯に説得までしてくれたのよねぇ」

「蕭何、殿…?」


声が掠れていた。動かぬ体をそのままに何かを乞うかのように韓信殿は蕭何様を見上げた。今の自分があるのは蕭何様のお陰だと語った元帥の穏やかな笑みを、私は反芻した。信じられない―信じたくなどないと、彼の顔に張り付いた笑みはその時のものと酷似していたからだ。


「貴方は…完璧に戦略を練りたがるから、出鼻を挫けば脆いと思いましてね」

「蕭…」

「残念ですよ、元帥」


蕭何殿の声はただただ冷ややかだった。
韓信という英雄を推挙したのがこの人ならば、命脈を断ち切ったのもまたこの人となってしまった。
陛下―劉邦殿を支えて旗揚げを促したのもこの人。
父や陳平殿の無茶な軍略を支えるだけの兵站を送り続けたのもこの人。
皆が項羽と死に物狂いで殺し合う中、漢中の都を完成させたのもこの人だ。


「私は誰であろうと、この国を侵さんとする者を許す気はありません」


真の国父とは蕭何様なのではないか。
冷たい光を湛えて反逆者を見下ろすその瞳に何の迷いもない。


「っくく…そうかそうか。あんた達に義理立てなどせず、蒯通が申した時に俺は独立していれば良かったわけか」

「何故、今まで尽くしてきたものを」

「吐き気がしただけさ、保身しか頭に無い皇帝と後釜を狙う毒婦にな!」


苦鳴が鐘室に響いた。
うなだれていたように見えた韓信殿が、突如兵士共を振り払って立ち上がったのだ。切り裂かれ解けた縄の戒め、一人の兵の胸には小刀が突き刺さっており彼がそれ隠し持ちこの機を伺っていたのだと悟った。


「このまま無下に死んでやる気は無い!」


しゃんと冷たい音を立てて韓信殿は腰に佩いた細剣を引き抜くや、無駄な動作は一切なく呂后に逼迫する。強張る呂后の顔と、咄嗟に前へと進み出た蕭何様と父の姿が視界に写り、それに高い高い戚様の悲鳴が重なる。


「―っぐ!」


がくんと韓信殿が失速し地に落ちる。床に倒された兵の一人が彼の足首を掴んで引き倒していた。かしゃん、と音を立てながら投げ出された剣は床に孤を描き―私の前で止まった。


「―ッ張僻彊!」

「!」


次々と体勢を立て直した兵達に手荒く地に押し付けられながら韓信殿は怒声などでなく確かな意志を伴って私の名を叫んだ。


「―手に取れ!あの女を殺せ!」

「え…」

「黙れッこいつ…!」


兵士の一人に頭を地に叩き付けられる。兜が音立てて飛び、苦悶に歪む韓信殿の額には血が滲んでいた。


「このままあの女に全て呑み込まれて良いのか?!劉氏と呂氏以外の者は咎が有ろうと無かろうと皆粛清される、俺達武官だけじゃない!お前達も、夫人も、みな殺されるのだぞ!」


目の前で火花が散った。
蕭何殿に支えられながら錯乱したように何事か喚く呂后、瞳に写したその女に覚えたのははっきりとした憎悪だ。瞬間的に沸き立った黒い炎に身を任せ鈍い輝きを放つ柄に手を掛ける。
「だめ」と後ろから小さい声が聞こえたが、気にかける事なく腕に力を込め―


「止めなさい」

「…っ」

「止めなさい、張僻彊」

「…あ、ああああ!」


思っていたよりもずっと重い剣は、手から滑り落ちて大きな音を立てた。
命令したのは私の見知った父ではない。初めて見る、血を凍てつかせるような炯々とした眼光を宿したその人は物語に伝え聞いた張良という軍師だった。抑揚に乏しい冷めた声に私は現実に引き戻され、膝から崩れ落ちる。
呼吸が出来ぬ苦しさと、私を抱き起こしてくれた人の胸が濡れていることで自分が泣いていることを知った。

誰もが、初めは無欲なマーリャンだったに違いないのに。力を畏れることなく敵を屠り続ける、いつしかその道を振り返ることが怖くなる、裏切りを知る、猜疑心を知る。
此処に集っているのは異なる形の筆を持つ、かつてのマーリャンの成れの果てたち。愛を憎しみに変えた哀しい女性。国の為に非情にならざるを得なかった優しい人。汚れきった世界に繋ぎ留められながら楽園を知る男。そして彼は、力ゆえに疎まれながら世界を誰よりも信じていた。
悪ではない、だが彼らは善でもない。ただ全ての始まりは己が手に託す希望とも、怒りとも知れぬ純粋な力だけだったはず。


「わかりませんっ韓信殿…私も、もう…分かりません…っ!」

「…そうか」


小さく呟いた韓信殿の声。その際に、父と蕭何殿の顔に感情と呼べるものが浮かんだのを見て、韓信殿は確かに笑みを刻んだ。


「殺せ」


その微笑と呂后の声が鐘室に響いたのはほぼ同時。
鈍い音だった。
四方に立つ兵達が手に掲げた槍を彼の身体に幾本も突き刺したその光景は、夕闇に染まり始めた中の悪い影絵か何かのようでひどく現実味に乏しかった。感じたのは後ろから私を強く強く抱きしめてくれていた戚様の体温だけだった。


「…この男の一族も皆殺しよ。
蕭何さん、さっさと手配なさい…私は、それまで休ませて頂くから…」


流石の女傑も憔悴した様子で血溜まりの中に沈む韓信殿を一瞥し、己の肩を抱きながら早々と供を引き連れ宮中に引き上げてゆく中で、暫くの間私と戚様、蕭何様と父はそこに立ち尽くしていた。
相変わらず、二人に表情はない。


「…マーリャンは」


勝手に開いた私の口が力無く呟く。


「マーリャンは…絵を描けなくなったと、私は思います」

「…止めましょう」

「私も…そうです」

「そんな事、ないわ」


あの時、父の瞳に私は圧倒されて何も出来ないどころか、諦めてしまったのだ。途轍もなく大きな権力に抗うことを、彼女と如意様を守ることを。
未だ情けなく震え続ける私の掌を戚様の白い両手が包むように持たれた。
―それが、私が戚様に触れる最後となったのだがそれが雪のように冷たかったのをはっきりと記憶している。


不意に蕭何様がゆっくりと韓信殿の傍にひざまずいた。父もそのすぐ後ろに立つ。袖が血で赤黒く染まるのを気にした風もなく、見開かれたままの韓信殿の瞳を蕭何様は静かに閉じられた。


「彼は…頭が良くて、戦評定の時は子供みたいに瞳を輝かせて、堅物そうに見えて冗談が好きで…」

「知っています」

「誰よりも人間らしい人なんだよ」

「知っていますよ、私も」


二人は決して表情を変えない。しかし、その様子が逆に二人の心境を如実に表しているよう私には思えてならなかった。
己が自負する天に響く才を携えつつ、互いの才を信じることで強く繋がっていた彼ら。お互いを欺き裏切った末の別離、彼らを襲っているのは陳腐な悲しみなどではなく、己が半身を失ったが如き喪失感なのだろう、と。




***

スピーディーうさたん死して、グットわんちゃん煮らるの巻(不愉快な口語訳ですね! ニコ)
ここまで書いちゃってからアレだけど彭越の存在忘れてたーあちゃー…なんかバタバタしてる内に彼も粛清されたというこ と で。

統一後の話だから仕方ないんだけど、ヒーロー達のカコイイ所を書けないのはやっぱり悔しいなぁ…
次は英布さんの反乱。張良さんが裏で色々動き出すお。
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日々をいかにポジティブに生き抜くかを目標に、少しの事でネガティブ観点に陥る、ありがち日本人。
歌は鬼束ちひろ、詩は谷川俊太郎、ゲームはロックマンシリーズをこよなく愛してます。
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