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ほい、続きです。

すごく繋ぎな話なので…書いてる側が書いてて楽しくなかったから、読む側にとっては単調で苦痛かも(苦笑)
取り合えず、やっとこさの呂后です。

笑う姫君 5




***


中庭の中央の大きな桃の木は満開を向かえ、造られた小川のほとりに植えられた柳の新緑は風にそよと揺れていました。
寒い冬も過ぎて、春。宮中はこの世の美しいものの全てを集めたかのように色で溢れておりました。


「お義母さま」


私を呼ぶ声に連れ立ち散策をしていた女官らと共に振り返り見れば、芝の新芽をさくさくと踏みながらこちらに向かう影がございました。


「まあ皇子、お久しぶりです」

「盈(えい)で構いませんよお義母さま」

「では、あなたも私を戚と呼んで下さって構わないのに」

「そ、そうは参りません!」


そんなことしたら、僕は父上の手打ちに合ってしまいます、と劉盈様は首をお振りになりました。


「陛下はそんな事致しませんでしょうに」


くすくすと、女官たちの雀のような笑い声が重なりました。
私と皇子も、思わず。
本当に奇妙なことです、同い年の義母と義理の息子だなんて。


 

入内してから三ヶ月。
目まぐるしい日々は瞬きする間に過ぎて、やっと落ち着いた時間も取れるようになっておりました。陛下は、本当にお優しい方でお仕えするはず身の私が安らぎを賜っているかのよう。


朝には共に小鳥の囀りを聞き目覚め、お召し替えのお手伝いをして。
昼にはともに庭園を歩いてたわいないことをお話しては笑い。
夜には楽手の奏でる美しい笛の音を聞きながらお酒を召して。大勢の皆様と共にお飲みになることもありましたし、私を酌にお一人でお飲みになることも。

いつも笑っていらっしゃる太陽のような陛下。私はその御様子に、特別尊いお方はきっと悲嘆に暮れることなどないのだろうと思っておりました。
しかし、幾日とお傍に侍らせて頂く内にふと、何かの拍子に寂しげな瞳をなさるのに気付いたのでした。

蓮の華の帳の中、陛下が私を手招きおっしゃるのです「戚、わしにはお前だけじゃ」と。勿論それは私にとっても同じこと。陛下のお言葉はお戯れにおっしゃるだけだと思いながらも、私はその瞳に真摯な一抹の悲しみを見出だすのです。
その度に私は、このお方の為に一体何ができるのかと思いを巡らしつつも、いつも口元に笑みを浮かべて「はい」と頷くのみ。


まこと、あのお方のおっしゃる通りでしたから。
私は陛下の幸せの御為にもただ笑ってそばに置いて頂けば良いのだと。

私は陛下を愛しております。初めは逆らいがたい大きな力に流されるかの如くでございましたが、今の私は畏れながら自我からそう訴えたいのです。しかし私と陛下はただの個々たる人間では既にございません。
そして―陛下をお慕いしているのは、私だけではないのですから。



呂后に初めてお会いしたのは、此処に来て一週間程経った頃でしたでしょうか。張良さまが留侯として地方に隠居なさるとかで、お城から引き払われたのと替わるようにして呂后は都入りされました。
陛下のお傍に侍したままお会いするのは呂后に失礼になりはしないかと陳平さまにお尋ねしましたら


「陛下は呂后にお会いになるときだっていつも妾が傍に侍っていたくらいですから…夫人がお傍におりましたって呂后がお怒りになるはずはございませんよ」


と諭して下さいました。
…このようなお話を聞く度に胸がざわつくのは私が陛下を本当にお慕いしているからなのでしょう。

きっとそれは、呂后も同じ。

もし私が呂后のお立場であったならば、愛しいお方の傍に見知らぬ小娘が侍っていようものならどのような気持ちを抱くでしょうか。



濃紅の繻子織りの御召し物に漆黒の長い御髪。
世間の人々は女人は歳月とともに容貌病み衰えるなどと申しますがあれは虚言です。呂后の美しさは悠揚で威厳を湛えて。そこにいらっしゃるだけでその場に鮮やかな色を射しました。


「ご機嫌麗しゅう、陛下」

「おう、久しいの」


陛下は呂后に座れ、と私とは反対の右の座を指差されました。
座にお座りになられる呂后の所作、それは指先の動作一つを取っても完璧な貴婦人の中の貴婦人で。


「あなたが、戚さん?」

「っは、はい!」


豊かな黒髪を揺らして私に視線を下さった呂后。


「どうぞ私の顔、覚えてらしてね」

「も、勿論で…」


はて、と最初は思いましたが陛下がにやにやとお笑いになるのを見て、それが先日私が呂后さまと張良さまのことを間違えてしまったことを指していらっしゃるのだと気付き、不自然なほど赤面してしまいました。


「これ呂稚、あまり戚をいじめてやるな」

「そんな…誰がこんな可愛らしいお方をいじめましょう?」


くすくすと鈴のように笑いながら呂后は空になっていた陛下の杯にお酒を注がれました。私は気が利かずに抱えたままにしていたお酒の瓶に気付いて、さらに赤くなり思わず身も小さく。
自然な所作、お二人は農民の身の上であった時からのご夫婦だと聞きました。ぎこちなさの何一つない会話の応酬を目の当たりし、改めて自分は後からやってきた部外者であることを意識させられたのでした。
そんな私に、呂后はふいに「戚さん」と名を呼んでこうおっしゃいました。


「私、なんだか妹が出来たかのような心地ですのよ。慣れないことはなんでも私に聞いてらしてね」



天女さまのような微笑みも浮かべられて。

呂后さまにあるのは穏やかな自負だったのでしょう。戦乱の辛苦を共に手を携え乗り越えた妻として、今までの妾も私も、幼い妹のようにして認めてしまわれる寛容なお心を持たれて。


「そうね…もしかしたら“娘みたいな”が正しいかしら。紹介するわ戚さん。私の息子、太子の盈ですわ」


呂后の視線を追った先には優しげな面差しの若者が座っており、ぺこりと会釈されました。


「あなたの義理の息子にあたるわけなのだけれど…確か、あなたと同い年よ」

「始めまして、お義母さま」

「初めまして…」


あどけない瞳に整ってはいるけれど幼げな輪郭をお持ちの皇子・劉盈さま。にこりとお笑いになるお顔はやはり、どこか陛下の面影がございました。しかし、女性的なその雰囲気は陛下の後継というには私に少々の違和感を生みました。


「ひ弱そうなヤツじゃろう?
どうしてこんな豎子になってしまったんじゃろな」


私の胸の内を読まれたかのように陛下はおっしゃいました。その声色が今までお聞きしたことのない皮肉げな刺をお持ちで、私は言葉を失いました。
あなた、と呂后は陛下の膝をぺしり叩かれ、皇子はそれ程気になさった風もなく微笑んだまま座しておられます。

―私の感じた不穏な空気は気のせいだったのでしょうか。


「陛下、今日は随分お飲みになりましたから、もうお休みになっては如何ですか?」


そうじゃなあ、とお笑いになって陛下は呂后と手を取りつつ上座から身を起こされ、数人の侍女を伴って席を立ちました。
ぽかんと己の役目も忘れて座り込み、事の成り行きを見つめていた私に気付いた呂后は振り向きつつ微笑みおっしゃいました。


「戚さん、どうか盈とも仲良くしてあげてね」

「…はい!」


思わず皇子の方を顧みれば、微笑み「宜しくお願い致します」とおっしゃいました。私は恐縮しつつも、皇子の杯が空いていらっしゃいましたのでお酒を注ごうとしましたら「義理とはいえ、どうしてお母様の杯を子が受けることができましょう?」そう言ってやんわりとお断りになり、代わりに私に向けて美しい黒陶の酒瓶を傾けて下さったのでした。
皇子さまとは、もっと尊大に振る舞われるものだとばかり思っておりました私には、そんな皇子がひどく新鮮に心地よく映ったのです。


優しい皇后さまや他の妃さま方でに囲まれて、私はやっと自分がここに居ても良いのだと思えるようになっておりました。
―その思いが、固く胸に戒めたはずの張良さまのお言葉に一枚二枚と絹の薄布を重ねるようにして、その輪郭をぼやかしていったのでしょうか。



そうあの時、私は確かに陛下を愛しておりました。



柔らかい日溜まりに抱かれるような日々はそれほど長く続きは致しませんでした。
翌年、燕王が反乱を起こしたのです。
各国、各諸侯での反乱の勃発。思えば私たちを引き裂いた哀しい思惑や感情の契機はそれだったのでしょう。
命のやり取りの場に身を晒して、私を含める多くの方の心の深いところに押し込めていた怪物が、どろりと身溶け出したのでした。




***
字、多い!(沈)
呂后のキャラがイマイチ掴めてないのに書き出してしまった…むむむ、良い方向に進化してくといいなぁ…
司馬御大の呂后は最初っから不穏なオーラを放ってるんだけど、横光項劉の呂項は終始良い子だからなぁ…

次はやっと韓信やら蕭何も出せそう、イヒヒ!
でも人出しすぎて飽和しないように気をつけなくちゃなぁ…
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