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わああー
時間ないから続きだけ!

書いてみて始めて私の中の韓信像と蕭何像を理解した感(おま…)
報われないわんこ属性が韓信で、不思議ちゃんなのにリアリストなのが蕭何なんだ!(ん?世間一般のイメージとズレてる??)

陳キのキの字が出ないよ~!キで勘弁。
この辺からややこしくて…勘違いしてたらごめんなさ~い。



笑う姫君8



***



紀元前197年
長安



蒸し暑い季節が過ぎ、心地良い涼風が城内の回廊をそこかしこと吹き抜けていった。庭園に造られたささやかな水辺にぽつぽつと、女郎花が淋しげに根を下ろしている。


「あれは…」


中庭に据えられた岩に背を預け初秋の景色を何となく見つめている男。ほっそりとした長身にあまり似合わぬ鎧姿から軍人であることは見て取れた。


「…韓信殿」

「久しいな、僻疆か」


私の声に顔を上げられて、預けていた背を起こし回廊まで歩み寄られた。
書生じみた白い顔と笑うと線のようになってしまう細い眼、その様子だけを見るとこの人が漢の大元帥であることを忘れてしまいそうになる。

紅い旗を靡かせ進む大群を率いて、幾多もの国を一人で下してしまったこの人。宰相である蕭何様は“国士無双”であると評した。父は「この天はあの人の手で取ったようなものだ」とおっしゃった。
若い頃から風采が上がらずにいたというこの人は、項羽の元に仕えていたが力の発揮できる役職に着くことも出来ずにくすぶっていた所を私の父によって引き抜かれ、蕭何様に陛下へ推挙されたそうだ。しかし陛下は彼の立派とはいえない経歴やそれでいて冴える渡る用兵に疑惑の念を抱かれているようで、今でもどこかぎくしゃくとした関係にあるようだった。
謀略を操った父と、内政を司る蕭何様。そして戦の天才である韓信殿を指して彼らこそ漢の三傑だなんて言う者が最近ではいる程なのだが。


「参内なされていたんですか」

「陛下のお召しだ、参らぬわけにはゆくまい」


その稀代の傑物も、泰平の世となってからは主によって翼をもがれ牙を抜かれていった。
6年前に起こった燕王の反乱を皮切りに、韓王の謀叛、趙王の反乱未遂、そして匈奴の冒頓単于の侵攻と次々に国に戦禍が襲いかかった。陛下は躍起になってそれらを討伐されてゆかれたが、匈奴で城の周りを蛮族に包囲されて九死に一生を得て以来内地で不穏分子の粛正に時間を掛けるようになられた。
始め韓信殿は楚王に封じられていたのだが、力の助長を恐れた陛下に捕えられ淮陰侯に位を落とされたのは4年前のことだったか。

尋常ならぬ用兵術と奇策をを操りながら、純朴無垢なその人柄は蕭何様や父を始めとした頭脳派の幕僚に気に入られていた。
しかし、陛下の容赦のない仕打ちにこの人の顔は少しずつ変わっていってしまったように思う。幼い頃の記憶の残滓、自分を抱き上げてくれたこの男の瞳はもっと柔らかい光を発していた。今その瞳が纏っているのは、捨てられた猟犬のぎらぎらとした眼光だ。


「お父上―張良殿は健在でおられるか?」

「陛下に召されて居を城下に移されましたが、何事もなく過ごしておられるようです」

「お前は?」

「私は…少府丞のようなものでしょうか。皇族の皆様のお召し物を管理したり、お話のお相手をさせて頂いたりして日々を過ごしております」

「加冠したばかりで立派なものだが…官位は何も賜ってないのか?」

「義伯父上が今はまだ様子を見るよう申されましたので…父上も承知しておられるようです」


陳平殿は匈奴で陛下のお命を策を弄して救われてから右丞相に昇進されて、相国の蕭何様と共に漢の国を動かしておられるといっても過言ではない地位に立たれていた。しかし、陛下の執拗な粛正の手がいつ義伯父上に伸びるかも分からぬのが現状なので、官位に身を拘束されることなく静観していることが確かに得策なのである。


「…そうか、皆上手くやっておるのだな」


腰に手を当てながら浮かべたのは自嘲げな笑み。この人のこんな顔を、見る日が来ようとは思わなかった。


「俺は君のお父上が羨ましいよ」

「韓信殿…」

「へききょう!」


高い幼子の声が割り入った。濃緑の枝影に揺らめく回廊の奥から小さな体が駆けてくる。


「皇子…」

「…俺はこれで失礼しよう」


韓信殿は少年と、その奥から歩み来る女性の姿を認めると袍を翻して我々とは反対側へと歩を進めた。引き止めようとしたが、腰に力一杯抱き着いてきた皇子によろけて諦めた。


「へききょう、あそぼう!けまりをしよう!」

「ええ、構いませんよ」


私の返答に満足した様子で、鞠を抱えた皇子は母譲りの大きな瞳を細めて父譲りの快沢な笑顔を浮かべた。


「こら如意、父上のお召しを忘れてはなりませんよ」

「はーい、母上様」


数多くの女官を従えてその女性はゆっくりとこちらに歩み寄る。私から手を放して第三皇子・劉如意様は母君の元へと駆け寄った。


「僻疆、先程のお方は?」

「韓信殿です、陛下のお召しだとか」

「そう…」


ご挨拶したかったのだけれど残念ね、と呟きながらこのお方は眦を下げて美しい笑みを唇に湛えていた。


「陛下からお食事を一緒にって御招待を頂いたんです。如意の顔をご覧になりたいと仰せられて…」

「左様でしたか、お楽しみになって下さいませ」

「ええ、そのつもりです」


行きましょう、そう如意様と女官達に声をお掛けになり母君様―戚夫人は皇子の手を取られた。


「僻疆、あなたってばいつも竹簡を抱えて走り回ってばかり。加冠したと言ってもまだ十と一つ、少しは羽目も外しなさいな」


良ければ今度一緒にね、と笑うその様子はどこから見ても麗しき帝国の美妃。ここに来られた当初いつも顔に浮かべておられた不安げなものはもう一切そこにはなかった。
立ち尽くし、立ち去るその背を自分は暫く見つめていたことに気付いて自己嫌悪。かぶりを振って抱えていた竹簡を抱え直し書庫へと向かうことにした。




6年前、燕王討伐より陛下が帰還されて以来、お二人は一層に離れ難い仲となられたようだった。陛下の出立に際して生じていた蟠りはすぐに消え失せ、間もなく戚夫人は皇子・如意様をお生みになられた。皇子は今年でもう6つになられる。陛下は一番幼い我が子をそれはそれは可愛がられた。夫人も、最近では自ら進んで陛下の親征に付き従い手ずから身の回りのお世話をなさるほどで。
…代わりに、呂后様と劉盈様は御前に呼び出されることすら最近は殆どないと聞く。

義伯父上が申された、様子をみろという言葉に隠されたもう一つの意味。
一応の正式な嫡子であらせる劉盈様と呂后様、今陛下の寵愛を我が物としている劉如意様と戚夫人の、その両翼に形成す二つの派閥。そう遠くない未来を予見した意地汚い保身者共を中心に、宮中には跡目を争う不穏な空気が満ち満ちていた。




「…ん?」


今日はよく人に会う。
回廊の門に、ゆったりとした紅の袍を着た文官と恰幅の良い壮年の将軍が二人並んで談笑していた。


「お久しぶりです、閣下」

「感心だね、今日もお勉強かな?」


私にそう声を掛けられたのは相国の蕭何様。落ち着いた様子でいつも微笑みを湛えていらっしゃるこの人は、将軍や官僚達からだけでなく民からも敬愛されている護国の君子だ。
もう一人の将軍は陳キ殿。この人もまた韓信殿と親交されていながら陛下からの信用も厚い、誰からも好かれる人柄を持っている人だった。


「陳将軍が韓の宰相に任官されてね、暫く会えなくなると思うと話に花が咲いちゃって…」

「韓の?」


あの国は先の騒ぎで王が未だ立っていないままのはずだが。私の疑問を感じてか陳将軍が口を開く。


「まだ皆には知らされてないがね、如意様を代王として立たれるそうだ」

「如意様が…」


まだあんなに幼いというのに。
幼い貴族が王や侯に立てられるのはさして珍しいことではないのだが、兄のような気持ちでご成長を拝見してきた私には母君から引き離されてしまう皇子の心中を思うと苦く思わずにはいられない。
陛下が夫人達を宴に招いたというのはその事を伝えるためなのだろう。


「…陳将軍がお扶けになるならば、皇子も代も安泰ですね」

「上手いことを言いおって」


私はこの将軍の大きな笑い声が嫌いではなかった。いつものように豪快なそれを聞けるだろうと思っていたのだか、予想に反して将軍は大きな口を歪めるように笑みを刻まれるだけだった。


「…先程、韓信元帥を見かけしました。もうお会いには?」

「う、む…先程語り合ったばかりだ。さてさて、年寄りと話しておってもつまらなかろう?わしは失礼しよう」


私の問いに一瞬返事を詰まらせた様子をお見せになった将軍は、結局声を上げて笑う事なく足早にその場を去られてしまった。何か、無躾なことでも私は聞いてしまっただろうか。


「…邪魔を、してしまいましたか?」

「いいや、彼も忙しいんじゃないかな…赴任に際して色々とさ」


へにゃりとした人懐こい笑みを浮かべたままの蕭何様。天が一つに定まって以来、それまで一国を治めていただけの彼が大陸全土を管理せねばならなくなり、前々から痩せていた体は更に細って頬はこけてしまう程になっていた。


「ご無理を…されてはいませんか、蕭何様?」

「え?」


きょとんと瞳を丸くされて、すぐに困ったような顔で笑われた。


「参ったなぁ…優しい子だね僻疆は。確かにちょっと忙しいけど…大丈夫、好きでやってるんだから」


にこにこと笑いながらふと遠くを見るような目をされて「でも」と付け足された。


「でも?」

「今も嫌いじゃないけど、あの頃の方が…もうちょっと楽しかったかなあ。怖がりで甘えん坊な陛下の背中をさ、完璧主義で一騎当千の項羽と立ち向かうために君のお父上や韓信殿と励まし押して進んだんだ。
皆同じものを目指してて…なんて言うのかな…みんなもっときらきらしてたかなあ?」

「きらきら、ですか…」


この人は急に歯が浮くような言葉を臆面なくおっしゃる。小動物じみた愛嬌を振り撒き、どこか仙人然としていながら根はとことんの現実主義者。
そう、蕭何様は『不思議な人』なのだ。


「戦時中の方が楽しかったなんて、施政者が口に出しちゃいけないことだとは分かってるんだけどね…でも孔子に孟子、蘇秦と張儀、孫子に商鞅に老子に…ほかにも沢山!私たちが敬愛する人々は皆乱世の人で、それで皆きらきらしてるように思わない?」

「はぁ…」

「そうなんだよ、ほんの数十年前までこの大陸は硝煙の向こうどこもかしこもきらきらしてた。
七国の鳴動を打ち破った始皇、それに続いた陛下と項羽。皮肉にも、その時が一番綺麗だったんじゃないかな…そうして、今私達は無理矢理一つに括られて停滞してしまった世界を保つことに苦心してるわけ」

「蕭何様…」


彼の瞳に怪しい紫の光彩が躍ったように思えて、私は思わず声をかけた。


「あ…ごめんね、熱くなっちゃった。誤解しないで」


へら、と笑って傾いた冠を整える様子は既にいつもの彼に戻っていたが。


「私はこの国が大好きですよ。文化を次の段階に昇華させるには安定した平和っていう猶予期間が大事だとも思うんです。皆で、そうやって創り上げた国ですからね…だから、私は何者にもこの国を侵すことは許さない」


そう、許さない。
蕭何様は反復してからもう一度微笑まれた。
優しい相国様。しかしこの人には底知れぬ深い何かがあるように思えて、私はお慕いしていながらどこか恐れてもいたのだった。







代の地で鉅鹿太守となった陳将軍が突如として反乱を起こしたのは、将軍と如意様が趙の地に向かわれてからいくらもしない頃の事だった。



***

韓信・英布の反乱に秒読み。
で、おいちゃんが死んじゃうのにも秒読み。
この辺りに絡む張良陳平蕭何な参謀sが好きだから書いてて楽しいんだけど…いかんせん史実と食い違う…
このままじゃ15歳でなきゃいけない時20歳になっちゃうんだよなぁ…僻疆が。
登場させたときホントは1歳児なんだからしょうがない(苦笑)

ま、いいか(…)
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