試験週間真っ最中なのだが…少しずつ打ってたものが溜まってきたのでうpしてみるテスト。
約5000字一回で送れるとして前中後編でお送りしたい。巷の流行にのってヤンデレたものを書きたいのじゃが…RURUTIAがBGMでテーマはつっこさんの「聲(こえ)」なのでヤンデレマテリアルは揃ってるハズ(苦笑)
よし、いっきまーす!
『聲』 ―前―
―――――――――――
都じゅうに炎と略奪者の声が蔓延している。痺れきってしまった感覚でそれを私は煤の中から眺めていた。逃げることも泣くことにも疲れ切ってしまっていて、早く炎がこの屋敷も取り巻いてはくれまいかとただぼんやり思いながら座り込んでいた。
その炎の中を踊るように歩く黒い人影があった。軽い足取りで火の間を縫い、凪ぐ炎の波を気にする風もなく避けて。
ぼんやりと見つめていたその影はだんだんと私の方に近付き、眺めている内にそれが男である事―その男が楚兵の装束を纏っていることも見て取れた。
そこまで理解した所で、男と目が合った。私の潜んでいたオンドルを覗き込む。彼も私も少しのあいだ不思議そうに互いを見つめ合ったが彼はすぐに驚き飛びすさった。
私はきっとこの男に切られるだろうと思ったのだが、男はなかなか剣を抜こうとしない。代わりに私にこう言葉をかけた。
「私は、韓信と言う。項羽に仕える朗中だ。貴方から何も奪う気はない。ただ、私は私に仕えてくれる者を探している。貴方さえ良ければ私の僕になってはくれないだろうか?」
そう穏やかな調子でこの男は言った。私は呆気に取られていたが、その声色に点る略奪者らしからぬ無害な印象を感じてはいた。
そして彼の不思議な双眼―形容するとしたら、青みを帯びた黒―の透明な光に私は捨てたはずの生きる意思が息を吹き返すのもまた感じていたのだった。
のろのろとオンドルの中から這い出ようとする私の手を彼は取って引く。
「……女か?」
彼は私に触れた掌と煤に汚れた私の顔を見比べた。
汚れた犬のような風体の私は下を向きながら小さく頷いた。
「…まあ、どっちでも良かったんだ。褐衣か何か被って、鍋を背負え」
言われた通りに私は慣れた間取りを駆け、此処を発つ支度を数十秒の内に整えた。戸口に待つ主人の横に立つと、彼が随分と背が高いことに気付かされた。
「羌(きょう)」
と彼は私に呼び掛けた。それは私の名前なのだろうか。
「羌、私はこの通りただの朗中だ。だから、逃げたくなったらいつでも逃げるといい」
彼は燃える街路を歩き出していた。背を覆う青い袍は血に濡れて半ば朱紫に染まっている。
「ただ、私のそばにいるのならば保護を約束する」
いくぞ、と言われたその横顔を私は懸命に見上げ、肩に食い込む重い鍋紐をしっかりと背負い直した。
***
コンコンと誰かが私の部屋の窓枠を叩いた。
はてと首を傾げつつも私は訝しむこともなく毛織の幕をたくしあげ、そして悲鳴をあげることになった。
「き、羌ちゃん?!」
まるで幽霊の様に青い顔をして、降りそぼる夕闇の雨の中に彼女は立っていた。震える身体を私は引きずり込むようにして窓から部屋の中に向かえ、びしょ濡れの身体をどうにかしようと綿の入った布団で包み込んだ。
私は混乱している。淮陰の地で韓信さまにお仕えしているはずの羌ちゃんが、どうして私の旦那さま―張良の屋敷に、こっそりと裏庭から春先の冷たい雨にそぼ濡れて訪ねにきているのか。
「ごめんなさ…芙蓉ちゃん、私、あなたの所くらいしか行き場所なんて思い浮かばなくて…」
真っ青だった唇が少しずつ色を取り戻すに従って羌ちゃんは少しずつこの突飛な訪問の理由を語ってくれた。
「私…三日前、奥様に使いを頼まれて屋敷を出ていたの。その帰り、やけに町中が騒がしくて不審に思って…聞いてみれば官軍がご主人様のお屋敷に急に押し入って家の者を端から捕えてるって…」
そこまで話して羌ちゃんは顔を両手で覆った。
震える彼女の肩をさすりながらも、私の胸の鼓動は段々と早くなってゆく。
「官軍って…羌ちゃん、韓信さまはどうしてらっしゃるの?」
「ご主人様は呂后と蕭何様に召されてその前日に都に登られてて…だから、私も都に向かえば何か分かるかもって…」
最後の方は泣き声に溶け、あとは細く小さな声で羌ちゃんは泣くばかりになってしまった。
羌ちゃんはあの大元帥の韓信さまに仕える侍女で、私の旦那さまは韓信さまとこの国の軍の両翼を担った軍師の張良だ。互いの主人の仲が良く、私達二人の年齢が近かったことも重なって私達は本当に親しくしていた。戦が終わってからの数年、殆ど会えずに過ごしてきたがまさか久しぶりの再会がこんなものになるなんて。
困った。
官軍に韓信さまの家の者が捕えられているという。単純に考えれば韓信さまが何か国に反する重大な罪を犯したか、その疑いを掛けられているということだ。
だから元帥の家の者である羌ちゃんを匿う事は罪になり―いや、私に及ぶ罪はどうでもいい―ただ、その疑惑に私の旦那さまを晒すわけにはいかなかった。
ああ、どうしたものか…
「おーい芙蓉!ちょっと早く来てくれ!もう夜だってのに珍しくお客様でよー俺、買い置きの菓子全部食っちまってヤベーよなどーしよー…って」
今までの静寂を裂くように喧しい足音と声を発しながら、私の部屋の戸を無遠慮に勢い良く開いたのは隆(りゅう)だった。
「…ぅええええっ!?」
「きゃああああっ!?」
私の悲鳴と隆の間の抜けた叫び声が重なる。大きく開いてしまった口を急いでつむり、羌ちゃんを指差して口をぱくぱく言わせている隆を私は無理矢理部屋に引きずり込んで戸を閉めた。
「っ羌…おい芙蓉、お前…!」
「大きい声立てないで!」
私より一回りも年上のはずのこの男の口を塞いで私は本気で睨み付ける。
「ばっ…だってお前ヤベーよ!韓信さんっていったら今…!」
「ご、ご主人様のこと何かご存知なんですか?」
私が押し倒した隆の上に羌ちゃんが危機迫った様子で身を乗り出す。バタバタと暴れる隆をさらに押さえ付けようとしていたその時だった。
「何事です」
がらりと私の部屋の戸を開けたのは旦那さま。阿鼻叫喚の様子を呈す私の部屋の様子に盛大に眉を顰められました。
「…そちらの女性は?」
絶望に凍り付いていた私はその問いに小さな光明を見出だした。旦那さまは韓信さまに仕える羌ちゃんの顔はご存知ではないのだ、と。
「こ、この方はですねっえっとその、余りに甲斐性のない隆のために私が探してきましたお嫁さん候補でその…ね!隆!」
「えッ…」
「ねッ!!」
「え…あ、その通りで…」
主に嘘をつく背徳心に泣きそうになりながらもこれでなんとか、と私が小さく吐息を漏らしたのに重なった、旦那さまとは別の声。
「羌…」
旦那さまの奥にいつの間にか立たれていたお方。小さく引き結ばれたお口と眇のような鋭い瞳。
「そ、曹参さま…」
隆が言っていたお客様とは―韓信さまの副官を勤めておられる将軍の曹参さまが険しい顔つきでそこにおられたのです。
「彼女の名が捕縛者の中に無いと思えば…軍師、すぐにこの者は獄に繋ぎますのでご安心を」
「やっ…!」
高く軍靴を鳴らして曹参さまは座り込む羌ちゃんの前に立ち、鮮やかとも言える動作でその手首を捩り上げた。魔法のようにして一瞬の内に羌ちゃんは後ろ手に縛られて曹参さまに引き立てられてしまった。
「そっ曹参さま…!韓信さまが一体何をなさったのか存じませんが彼女は誓って何もしてはおりません!どうかお離しになってくださ…」
「お前達は韓信という男が何をしでかしたのか知らないのか?」
鋭い双眸に睨まれて、私は固まってしまった。助けを求めるように旦那さまの顔を見れば、らしくない疲れ切った様子で溜め息をつくようにおっしゃられた。
「国家転覆罪未遂。韓信は陛下の居ぬ間にこの都を私兵で占拠せんと画策しました」
そういえば、旦那さまが急に城へ参内なされたのが五日前。韓信さまの屋敷から羌ちゃんが逃げてきたのが三日前―記憶の辻褄と合致する事実を突き付けられ私は言葉をなくした。
「嘘、韓信さまがそんな…でも曹参さま、彼女は一介の侍女です。主のそのような思惑を知るなんてこと…」
「10年来も仕え続けた一番古参の従者が何も知らぬわけがなかろう」
「か…韓信さま程のお方ならば従者に秘密を漏らすようなヘマはしないです!」
随分と無理のあることを言っているなと自覚しつつも私は勢いで曹参さまの手から羌ちゃんを奪い取っていた。これには私自身が驚いたし、曹参さまも普段細い眼を呆気に取られて見開いていた。
「っ貴様、その手をすぐに放さんと軍師の奴婢とはいえ容赦せぬぞ」
「構いません!羌ちゃんを連れて行くなら私も連れて行きなさい!」
「…お互い少し落ち着いてくれませんか」
冷め切った旦那さまの声が私達の間に割り入る。
「すまない曹参。芙蓉には私からよく言っておきますから、今夜は引いてもらえませんか」
「軍師のお言葉とはいえそうは参りません」
「彼女は私の宅に軟禁しておこうと言っているのです。いま獄舎は件の謀叛に関わった者で溢れ返っているんでしょう」
「しかし…」
「…お願いします、私は当分のあいだ人の苦鳴は聞きたくないのですよ」
旦那さまがいつになく憔悴しきった表情を浮かべていた事に私は息を呑んだ。
―ふん、と曹参さまは不快もあらわに鼻を鳴らして背を向けました。
「軍師、見逃すわけではなくお預かりして頂くのだということをお忘れなく」
ええ、と旦那さまは静かにその背に答えました。
そのまま曹参さまと共に回廊の奥へ消えようとする旦那さまの背に羌ちゃんは震えた声をかけた。
「どうして…」
縄の解かれた腕をさすりながら問う彼女をちらりとだけ一瞥されて、旦那さまは何も言わずに立ち去られました。
「な、何なんだよ芙蓉、お前はよお…」
脱力した様子で隆はストンと床に腰を落とした。
「曹参様相手に何やってんだよ…よく分かんねェけど、旦那が執り成してくれてなかったら本当にしょっ引かれてたぜ…」
お前ガキの頃も蒙恬将軍の縁者に啖呵切って殺されかけたじゃねぇか!…なんて延々と隆は何か言っていたが私にはほとんど聞こえてはいなかった。
頭にあったのは可哀相な羌ちゃんを一体どうすればいいのかということだけだった。ぐしゃぐしゃの髪の毛もそのままに放心したように泣き続ける羌ちゃんを。
羌ちゃんに家族はない。戦火の中一人ぼっちでいた所を韓信さまに拾って頂いたのだと言っていた。
私にも、身内はない。たった一人の兄は秦の将軍に殺され、生まれ育った村も火に包まれ消えてしまった。
羌ちゃんは家族と呼ぶべき人々を再び奪われてしまったのだと思うと私の胸は強い憤りで潰れてしまいそうになる。
「芙蓉ちゃん…私のご主人様は、ご主人様はご無事なのかしら…」
「韓信さまは…」
女の私に細かい事情は悔しいが分からない。隆に目配せで尋ねてみると彼は唸りながらも答えてくれた。
「皇帝への謀叛だろ…そう簡単に殺されやしないと思うぜ。理由とか仲間とかよ、色々と聞き出すだろうから尋問に日が掛かる。
それに…あの韓信元帥だぜ?本当に謀叛起こしたとしても死刑になんかするか?」
隆の推測に羌ちゃんが顔を上げた。そうだ、まだ本当に韓信さまが謀叛人と決まった訳ではないだろうし韓信さま程の功臣を簡単に処断するとは思えない。
「芙蓉ちゃん…」
また顔をくしゃくしゃにして泣き始めた彼女の背を撫でてやりつつ、小さな希望が叶うことを私は本気で祈った。
だが、事態はそれほど単純なものではなかったと知るのにそれほど時間はいらなかった。
―――――――――――
打ち過ぎでケータイの下カーソル塗装が剥げてきた(笑)
私さ、しばりょの羌が好きでさ途中で消えて代わりに韓信周りのニューヒロインとして小蛾とか出てきた時はホントはあ?だったの。だから韓信とバイバイしたあとの彼女を捏造したくて仕方がない…!
相変わらず暗いぜ!続く!
約5000字一回で送れるとして前中後編でお送りしたい。巷の流行にのってヤンデレたものを書きたいのじゃが…RURUTIAがBGMでテーマはつっこさんの「聲(こえ)」なのでヤンデレマテリアルは揃ってるハズ(苦笑)
よし、いっきまーす!
『聲』 ―前―
―――――――――――
都じゅうに炎と略奪者の声が蔓延している。痺れきってしまった感覚でそれを私は煤の中から眺めていた。逃げることも泣くことにも疲れ切ってしまっていて、早く炎がこの屋敷も取り巻いてはくれまいかとただぼんやり思いながら座り込んでいた。
その炎の中を踊るように歩く黒い人影があった。軽い足取りで火の間を縫い、凪ぐ炎の波を気にする風もなく避けて。
ぼんやりと見つめていたその影はだんだんと私の方に近付き、眺めている内にそれが男である事―その男が楚兵の装束を纏っていることも見て取れた。
そこまで理解した所で、男と目が合った。私の潜んでいたオンドルを覗き込む。彼も私も少しのあいだ不思議そうに互いを見つめ合ったが彼はすぐに驚き飛びすさった。
私はきっとこの男に切られるだろうと思ったのだが、男はなかなか剣を抜こうとしない。代わりに私にこう言葉をかけた。
「私は、韓信と言う。項羽に仕える朗中だ。貴方から何も奪う気はない。ただ、私は私に仕えてくれる者を探している。貴方さえ良ければ私の僕になってはくれないだろうか?」
そう穏やかな調子でこの男は言った。私は呆気に取られていたが、その声色に点る略奪者らしからぬ無害な印象を感じてはいた。
そして彼の不思議な双眼―形容するとしたら、青みを帯びた黒―の透明な光に私は捨てたはずの生きる意思が息を吹き返すのもまた感じていたのだった。
のろのろとオンドルの中から這い出ようとする私の手を彼は取って引く。
「……女か?」
彼は私に触れた掌と煤に汚れた私の顔を見比べた。
汚れた犬のような風体の私は下を向きながら小さく頷いた。
「…まあ、どっちでも良かったんだ。褐衣か何か被って、鍋を背負え」
言われた通りに私は慣れた間取りを駆け、此処を発つ支度を数十秒の内に整えた。戸口に待つ主人の横に立つと、彼が随分と背が高いことに気付かされた。
「羌(きょう)」
と彼は私に呼び掛けた。それは私の名前なのだろうか。
「羌、私はこの通りただの朗中だ。だから、逃げたくなったらいつでも逃げるといい」
彼は燃える街路を歩き出していた。背を覆う青い袍は血に濡れて半ば朱紫に染まっている。
「ただ、私のそばにいるのならば保護を約束する」
いくぞ、と言われたその横顔を私は懸命に見上げ、肩に食い込む重い鍋紐をしっかりと背負い直した。
***
コンコンと誰かが私の部屋の窓枠を叩いた。
はてと首を傾げつつも私は訝しむこともなく毛織の幕をたくしあげ、そして悲鳴をあげることになった。
「き、羌ちゃん?!」
まるで幽霊の様に青い顔をして、降りそぼる夕闇の雨の中に彼女は立っていた。震える身体を私は引きずり込むようにして窓から部屋の中に向かえ、びしょ濡れの身体をどうにかしようと綿の入った布団で包み込んだ。
私は混乱している。淮陰の地で韓信さまにお仕えしているはずの羌ちゃんが、どうして私の旦那さま―張良の屋敷に、こっそりと裏庭から春先の冷たい雨にそぼ濡れて訪ねにきているのか。
「ごめんなさ…芙蓉ちゃん、私、あなたの所くらいしか行き場所なんて思い浮かばなくて…」
真っ青だった唇が少しずつ色を取り戻すに従って羌ちゃんは少しずつこの突飛な訪問の理由を語ってくれた。
「私…三日前、奥様に使いを頼まれて屋敷を出ていたの。その帰り、やけに町中が騒がしくて不審に思って…聞いてみれば官軍がご主人様のお屋敷に急に押し入って家の者を端から捕えてるって…」
そこまで話して羌ちゃんは顔を両手で覆った。
震える彼女の肩をさすりながらも、私の胸の鼓動は段々と早くなってゆく。
「官軍って…羌ちゃん、韓信さまはどうしてらっしゃるの?」
「ご主人様は呂后と蕭何様に召されてその前日に都に登られてて…だから、私も都に向かえば何か分かるかもって…」
最後の方は泣き声に溶け、あとは細く小さな声で羌ちゃんは泣くばかりになってしまった。
羌ちゃんはあの大元帥の韓信さまに仕える侍女で、私の旦那さまは韓信さまとこの国の軍の両翼を担った軍師の張良だ。互いの主人の仲が良く、私達二人の年齢が近かったことも重なって私達は本当に親しくしていた。戦が終わってからの数年、殆ど会えずに過ごしてきたがまさか久しぶりの再会がこんなものになるなんて。
困った。
官軍に韓信さまの家の者が捕えられているという。単純に考えれば韓信さまが何か国に反する重大な罪を犯したか、その疑いを掛けられているということだ。
だから元帥の家の者である羌ちゃんを匿う事は罪になり―いや、私に及ぶ罪はどうでもいい―ただ、その疑惑に私の旦那さまを晒すわけにはいかなかった。
ああ、どうしたものか…
「おーい芙蓉!ちょっと早く来てくれ!もう夜だってのに珍しくお客様でよー俺、買い置きの菓子全部食っちまってヤベーよなどーしよー…って」
今までの静寂を裂くように喧しい足音と声を発しながら、私の部屋の戸を無遠慮に勢い良く開いたのは隆(りゅう)だった。
「…ぅええええっ!?」
「きゃああああっ!?」
私の悲鳴と隆の間の抜けた叫び声が重なる。大きく開いてしまった口を急いでつむり、羌ちゃんを指差して口をぱくぱく言わせている隆を私は無理矢理部屋に引きずり込んで戸を閉めた。
「っ羌…おい芙蓉、お前…!」
「大きい声立てないで!」
私より一回りも年上のはずのこの男の口を塞いで私は本気で睨み付ける。
「ばっ…だってお前ヤベーよ!韓信さんっていったら今…!」
「ご、ご主人様のこと何かご存知なんですか?」
私が押し倒した隆の上に羌ちゃんが危機迫った様子で身を乗り出す。バタバタと暴れる隆をさらに押さえ付けようとしていたその時だった。
「何事です」
がらりと私の部屋の戸を開けたのは旦那さま。阿鼻叫喚の様子を呈す私の部屋の様子に盛大に眉を顰められました。
「…そちらの女性は?」
絶望に凍り付いていた私はその問いに小さな光明を見出だした。旦那さまは韓信さまに仕える羌ちゃんの顔はご存知ではないのだ、と。
「こ、この方はですねっえっとその、余りに甲斐性のない隆のために私が探してきましたお嫁さん候補でその…ね!隆!」
「えッ…」
「ねッ!!」
「え…あ、その通りで…」
主に嘘をつく背徳心に泣きそうになりながらもこれでなんとか、と私が小さく吐息を漏らしたのに重なった、旦那さまとは別の声。
「羌…」
旦那さまの奥にいつの間にか立たれていたお方。小さく引き結ばれたお口と眇のような鋭い瞳。
「そ、曹参さま…」
隆が言っていたお客様とは―韓信さまの副官を勤めておられる将軍の曹参さまが険しい顔つきでそこにおられたのです。
「彼女の名が捕縛者の中に無いと思えば…軍師、すぐにこの者は獄に繋ぎますのでご安心を」
「やっ…!」
高く軍靴を鳴らして曹参さまは座り込む羌ちゃんの前に立ち、鮮やかとも言える動作でその手首を捩り上げた。魔法のようにして一瞬の内に羌ちゃんは後ろ手に縛られて曹参さまに引き立てられてしまった。
「そっ曹参さま…!韓信さまが一体何をなさったのか存じませんが彼女は誓って何もしてはおりません!どうかお離しになってくださ…」
「お前達は韓信という男が何をしでかしたのか知らないのか?」
鋭い双眸に睨まれて、私は固まってしまった。助けを求めるように旦那さまの顔を見れば、らしくない疲れ切った様子で溜め息をつくようにおっしゃられた。
「国家転覆罪未遂。韓信は陛下の居ぬ間にこの都を私兵で占拠せんと画策しました」
そういえば、旦那さまが急に城へ参内なされたのが五日前。韓信さまの屋敷から羌ちゃんが逃げてきたのが三日前―記憶の辻褄と合致する事実を突き付けられ私は言葉をなくした。
「嘘、韓信さまがそんな…でも曹参さま、彼女は一介の侍女です。主のそのような思惑を知るなんてこと…」
「10年来も仕え続けた一番古参の従者が何も知らぬわけがなかろう」
「か…韓信さま程のお方ならば従者に秘密を漏らすようなヘマはしないです!」
随分と無理のあることを言っているなと自覚しつつも私は勢いで曹参さまの手から羌ちゃんを奪い取っていた。これには私自身が驚いたし、曹参さまも普段細い眼を呆気に取られて見開いていた。
「っ貴様、その手をすぐに放さんと軍師の奴婢とはいえ容赦せぬぞ」
「構いません!羌ちゃんを連れて行くなら私も連れて行きなさい!」
「…お互い少し落ち着いてくれませんか」
冷め切った旦那さまの声が私達の間に割り入る。
「すまない曹参。芙蓉には私からよく言っておきますから、今夜は引いてもらえませんか」
「軍師のお言葉とはいえそうは参りません」
「彼女は私の宅に軟禁しておこうと言っているのです。いま獄舎は件の謀叛に関わった者で溢れ返っているんでしょう」
「しかし…」
「…お願いします、私は当分のあいだ人の苦鳴は聞きたくないのですよ」
旦那さまがいつになく憔悴しきった表情を浮かべていた事に私は息を呑んだ。
―ふん、と曹参さまは不快もあらわに鼻を鳴らして背を向けました。
「軍師、見逃すわけではなくお預かりして頂くのだということをお忘れなく」
ええ、と旦那さまは静かにその背に答えました。
そのまま曹参さまと共に回廊の奥へ消えようとする旦那さまの背に羌ちゃんは震えた声をかけた。
「どうして…」
縄の解かれた腕をさすりながら問う彼女をちらりとだけ一瞥されて、旦那さまは何も言わずに立ち去られました。
「な、何なんだよ芙蓉、お前はよお…」
脱力した様子で隆はストンと床に腰を落とした。
「曹参様相手に何やってんだよ…よく分かんねェけど、旦那が執り成してくれてなかったら本当にしょっ引かれてたぜ…」
お前ガキの頃も蒙恬将軍の縁者に啖呵切って殺されかけたじゃねぇか!…なんて延々と隆は何か言っていたが私にはほとんど聞こえてはいなかった。
頭にあったのは可哀相な羌ちゃんを一体どうすればいいのかということだけだった。ぐしゃぐしゃの髪の毛もそのままに放心したように泣き続ける羌ちゃんを。
羌ちゃんに家族はない。戦火の中一人ぼっちでいた所を韓信さまに拾って頂いたのだと言っていた。
私にも、身内はない。たった一人の兄は秦の将軍に殺され、生まれ育った村も火に包まれ消えてしまった。
羌ちゃんは家族と呼ぶべき人々を再び奪われてしまったのだと思うと私の胸は強い憤りで潰れてしまいそうになる。
「芙蓉ちゃん…私のご主人様は、ご主人様はご無事なのかしら…」
「韓信さまは…」
女の私に細かい事情は悔しいが分からない。隆に目配せで尋ねてみると彼は唸りながらも答えてくれた。
「皇帝への謀叛だろ…そう簡単に殺されやしないと思うぜ。理由とか仲間とかよ、色々と聞き出すだろうから尋問に日が掛かる。
それに…あの韓信元帥だぜ?本当に謀叛起こしたとしても死刑になんかするか?」
隆の推測に羌ちゃんが顔を上げた。そうだ、まだ本当に韓信さまが謀叛人と決まった訳ではないだろうし韓信さま程の功臣を簡単に処断するとは思えない。
「芙蓉ちゃん…」
また顔をくしゃくしゃにして泣き始めた彼女の背を撫でてやりつつ、小さな希望が叶うことを私は本気で祈った。
だが、事態はそれほど単純なものではなかったと知るのにそれほど時間はいらなかった。
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打ち過ぎでケータイの下カーソル塗装が剥げてきた(笑)
私さ、しばりょの羌が好きでさ途中で消えて代わりに韓信周りのニューヒロインとして小蛾とか出てきた時はホントはあ?だったの。だから韓信とバイバイしたあとの彼女を捏造したくて仕方がない…!
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性別:
女性
職業:
文系学生
趣味:
お絵かき・雑多読書
自己紹介:
日々をいかにポジティブに生き抜くかを目標に、少しの事でネガティブ観点に陥る、ありがち日本人。
歌は鬼束ちひろ、詩は谷川俊太郎、ゲームはロックマンシリーズをこよなく愛してます。
歌は鬼束ちひろ、詩は谷川俊太郎、ゲームはロックマンシリーズをこよなく愛してます。
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